高校の外に活路を見出そうとしたが…

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この前から、僕は高校時代、部活に入らなかったことについて反省しています。

 

 

‘反省’ていうのは、別に「部活入らんくてごめんなさい」ではなくって、
「なぜあの時にこういう選択をしたのか?」
「もっとあの時こうしとけばよかったんじゃないか・これはせん方がよかったんじゃないか?」
というのを考え、分析しましょうということで、一般的な意味でいえば実際上‘考察’に近いですね。

 

 

て、高校入学後すぐに剣道部を、それも仮入部だけしてやめて、そっからですよ、
そっからまったくもって青春をあきらめて、悶々としたニートを受け入れてたかというと、それは違うんですね。

 

 

学校の外で「何かないかな!?」っていうのを、実は探してましてね。

 

 

例えば高校が部活やってる時間、僕は自転車こいで市の体育館行って「何か習い事やってないかな!?」って思いながらアリーナとか見て回ったり、
あるいはネットで「剣道 高校生」とかフリーワードいれて検索してみたり。

 

 

ま、結局見つかんなかったんですけどね。

 

 

要は失敗なんですけど、その原因は、
例えば「高校生は部活があるから、学校の外で習い事する、ニーズに乏しい」みたいなもっともらしい理由も、もちろんありますよ。

 

 

だけど今から思えば、自分自身の思考にも大きな原因があったなと。

 

 

例えば、『体育館行くのが目的化してた』。

 

 

本当に習い事探すのに真剣になってるなら、1日に複数の体育館回ったり、職員さんに質問したり、やってもいいじゃないですか!?

 

 

だけど僕の場合、
「今日はこの体育館行って、明日は隣の市の体育館行って…」
みたいな感じなって、しかも
「今日はここ行ったからこれで任務終了!」
みたいな感じなってました。

 

 

みんなが部活やってる時間に体育館に出かけることで、
「俺は引きこもりじゃないんだぜ!」
的な、一種の満足感にひたってたのは、酌ですが認めなダメかなと思います。

 

 

職員さんへの質問もそうですよね。

 

 

「パッと見た感じ高校生用の習い事なんてない」
って予想たててんなら、余計にホントにないか確認すべきですよね。

 

 

ま、ありがちな話
「学校の部活に自分の居場所がないから体育館にそれを求めに来た‘難民’なんやな」
って思われるのが恥ずかしいっていう、んんん…プライドというか、見栄というか…

 

 

さらに言えば、
柔軟性にも欠けてたな
って。

 

 

例えば電車乗るぐらい遠出してもいいし、
大学生に混じったっていいし。

 

 

けど「勉強と両立できへんやろな」みたいな理由つけて、そこまではやらんかったんですね。

 

 

もちろん本当に勉強と両立できなかったかもしれませんが、それは実際見つけてみないと何とも言えませんよね!?

 

 

総括すると、
いろんな意味で取り組みが不十分だった
といわざるを得ません。

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