僕がいじめられた経験 中1の1学期

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前回から

僕がいじめられた経験

を書いています。

 

前回は幼稚園から小学校までの経験

でしたが、

今回以降は中学以降のことを書いていこうと思います。

 

 

岸城中学校入学

 

中1は、僕が経験した数々のいじめの中で最大でした。

 

僕が通った中学は

「岸和田市立岸城中学校」

という学校でしたが、

地元では ‘ワルい’ と評判の学校でした。

 

だから僕は中学入学当初から、

「自分がいじめられるのではないか」と不安でした。

 

その予感は見事に当たるのですが…

 

まず、中央小学校(僕が通ってた小学生です)から岸城中にいった人間って、男子ではだいたい10人ちょっとぐらい。

 

中学は1学年6クラスなので、

だいたい1クラスに中央出身の男子が2人ずつぐらいに配属されることになりました。

 

僕は6組になりましたが、

僕と同じ6組になったのはサという子。

 

実はこのサ、

前回の記事にも登場しています。

(詳しくは「相手の子のおばちゃんに謝られた」をご覧下さい)

 

サは小学校の6年くらいには

「中学行ったら ‘ワル’ なるんちゃうかなあ」

っていうのが見え始めてた子でした。

 

本当かどうか知りませんが

PTAのおばちゃんに暴言を吐いた

とかの噂も流れてました。

(どういういきさつで暴言を吐いたのかは知りませんが)

 

ただ、入学式の直前(何分ぐらい前だったかなー)、

クラス発表でお互い同じクラスになるって事がわかった時に、ちょろっと会話した時は ‘ワルい’ 要素は感じられなかったので

ぶっちゃけ「大丈夫かなあ」と思いました。

 

それが大間違いだったんですけどね。

 

6組では、幼稚園の時に仲よかったN君が一緒になることがわかりました。

 

小学校は別々だったので、久しぶりの再会をお互いさぞ喜んだか、と思いきや

実は、僕はそうではなかったです。

 

何でかっていうと

N君の周り、結構ワルい子がいたんですね。

 

ヒ、ヤ、シ、カ…

 

しかも、

4月の最初って、席が名前の順になるんですけど、

N君が僕の後ろだったんですけど、シ・カも僕と席が近かったんですよ。

 

確かに出会って早々いじめられた訳ではありませんが、

席が近いと、どうしても会話とか聞こえるから、その時の雰囲気とか、そっからにじみ出てくる人間性とかで

「ああ、こいつ悪い奴かも!? 警戒せなあかんな!!」

って思っちゃいます。

 

その恐怖心から、

僕は席に普通に座ってるのが恐くなりまして、

頭を抱えて座ることがけっこう多くなりました。

(下の図のような感じですね)

 

それに、「ヤバい奴は無視しろ」みたいなのを誰かに教えてもらったような記憶があって、

僕は、シ・カを ‘ヤバい奴’ と判断したので

何を喋りかけられても答えなかったんです。

 

ずっと頭を抱えて無視し続けました。

 

やっぱりそういう態度してるといじめる側も

「あ、こいつ、いじめやすいヤツや!!?」

ってなるんでしょうね!!?

 

聞こえる位置から聞こえる声で僕に話しかけたのに、

露骨に無視される

ってなったら、腹も立つし、感情的な ‘何か’ をしたくなる気持ちも、今となっては理解できます。

(当時はそんなこと考えれなかったですけどね)

 

最初の1発目が何だったかは覚えてないんですが、

初期の頃は「電車君」といわれてからかわれてました。

 

僕は幼稚園の頃は電車が好きで、

(今でも好きですが)

N君が、僕が電車好きだったこと覚えてたんですよ。

 

それを聞きつけたヒが僕の事を「電車君」と呼ぶようになった、という流れです。

 

4月の頭はこんな感じだったのですが、だんだんひどくなっていきまして…

 

5月の席替えで…

 

5月に席替えがあったんですが、これが僕の運命を決定づけたといっても過言ではないです。

 

ヒとサに挟まれたんです!!

 

そっから僕は完全にヒとサの標的になりました。

 

まず、

何かにつけて物凄く色んな事いわれるようになりました。

(何いわれたかはもう忘れましたが…)

 

ビニルテープを殆ど使われた

っていうのもありましたね。

 

当時、僕は ‘筆箱に全てを入れる’ 主義だったんです。

 

要するに

鉛筆とか消しゴムとかだけじゃなくて

糊とかボンドとかハサミとかホチキスとか、

そういうの全部を入れて ‘万能箱’ にしてたんです。

 

そこにビニルテープも入ってたんですが、

それを目ざとく見つけたヒが

「ビニルテープ貸して」

といってきたんです。

 

断ってもめるのも嫌だったんで、僕はビニルテープを貸しました。

 

暫くして返ってきたんですが、

殆ど残ってませんでした。

 

貸す前はそれなりにあったんですよ!!!

 

しかも、

何に使ったんかと思えば、

 

確かに詳細は覚えてないですけど、

どう考えても必要ないことに使われた、というかムダ使いされたのは記憶にあります。

 

4月の早い段階から、親には学校でのことを話していたのですが、

5月になってから、ずっとこんな調子でしたので、

「このままやったら、そう遠くない将来に心がヤられる」

と思った僕は、親に言って、学校に手を打ってもらうことにしました。

 

‘手’ とは

僕だけ席替えする

って事なんですけどね。

 

席替えは、

僕の席と、ヤという奴の席の位置を交換するというもの。

 

ホームルームで、月初でもないのに急に

僕とヤだけが席を変わる

って(クラスの他の子からしたら)いきなりなった訳だから、

「急に何なん!?」

みたいな雰囲気はありましたけど、

その時は割かしスムーズに進みました。

 

これによって一時的にいじめは改善しました。

 

でも、実はそんなに現実は甘くなかったです…

 

暴行へ

 

僕と席の場所を交換したヤですが、こいつ実はクラスで1番ワルい奴でして…

 

どこの中学にも ‘不良組織’ みたいなのは存在すると思いますが、

岸城中学にも当然ありまして

「岸城一派」

と呼ばれていまた。

(たぶん今でもそう呼ばれています)

 

ヤは、入学時点から一派の主要構成員で、

タバコも吸ってたし、服装も色とりどりで、授業を抜けるなんて当たり前。

 

担任としては

「授業中おらんこと多いから」

って理由で僕の席替えの相手をヤにしたんだと思います。

 

ヤとしても、

仲のいいヒ・サと席が近くなるから、

(想像はついてると思いますが、ヤ・ヒ・サ・シ・カは仲いいもん同士)

最初は文句も何もなかったと思います。

 

気が向いたら授業に出て、別に先生の話なんて聞かんでもヒ・サと喋っとけばいいだけの事ですし、

遊びたくなったら授業を抜ければいい訳ですから。

 

大事件が起こったのは、とある数学の時間です。

 

その日も、いつものようにヤは授業に来て喋ってました。

(恐らく例によって ‘気が向いた’ んでしょうね)

 

たまに戻ってきたと思ったら騒いでばっかのヤに先生も思うところがあったのか、

何か普段と違う注意したんですよ!

 

それがヤの癪に障ったらしく、ヤが本気でぶちギレました。

(いわゆる ‘逆ギレ’ ですね)

 

そっからヤの怒りがヒートアップし、

「何で俺がこんな事いわれなあかんねん!?」

から

「そもそも何で俺の席が変わったんじゃ!?」

という風になり、

「ユメソのせいか!!?」

という結論になり、

僕に怒りの矛先が向いた、という流れです。

 

そっから後の数学の授業は、僕は生きた心地してなかったですね。

 

ヤは教室を出たり入ったり

繰り返しながら、

教室に入ってきた時は僕の胸ぐらを掴んできたり、

教室を出れば壁やら何やらに八つ当たりし、

(教室にいても聞こえる位の音量)

仲間の一派の子も「何や、何や!?」みたいな感じで、6組前の廊下近くに集まりだすし、

パニック&恥辱&恐怖

 

で、

「これはもう俺の手には負えへんわ」

と思ったので、

「授業が終ったらとりあえず先生を巻き込んで手を打たな!!!」

と考えました。

 

授業が終わると、先生の方から呼び出され、

僕は先生の後に続いて教室を出ました。

 

直後にヤが後ろから殴りかかってきました。

 

僕は廊下に押し倒されました。

 

先生の面前だったこともあり、

ほぼ無傷に近い状態で

(まぶたの上にコブができてたかもしれません…)

ヤから引き離されました。

 

ですが、

ヤのダチの一派の子達が僕の方を、薄ら笑いを浮かべながらジロジロ見てくるし、

それ以外にも

休憩時間だったので、教室から出てきたウン十人といる子達に、僕がいじめられてることが白日の下にさらされたので、

恥ずかしさと悔しさといったら…

 

その後、担任が来て、僕から離れた廊下の先でヤと話してるのが見えました。

 

僕は、その間、基本的には殴られた位置で突っ立ってました。

 

ヤと担任との話が終った後、

僕も担任と話したような記憶があります。

 

休憩時間が終り、僕が教室に戻ると、

僕の机がひっくり返されて、教科書とかの一部が散らかっていました。

 

この時が、

僕の中学、そして僕の全学生・生徒時代を通しての

いじめの被害者の頂点だったと思います。

 

その後、いじめは急速に収縮していくことになります。

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