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いじめで、学校の責任が追及されるのはおかしいと思います

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さて今回は、

「いじめが起こった時に、学校はどこまで責任をとらなければならないか」

について考えたいと思います。

 

いじめが問題になる場合(生徒が自殺した、等)、決まって社会に対して謝罪するのは学校とか、教育委員会とかです。

 

何となく ‘当たり前’ に思ってるこの事象ですが、

よくよく考えると、本当にそれを当たり前としていいのか? と、

もっ回、再検討すべきではないかと思う様に至り、今記事を書きます。

 

 

1番悪いのはいじめの加害者

 

一般的な犯罪と比較して下さい。

 

誰かが逮捕されたニュースとかで、そいつの所属してる会社なり自治会の会長なりが、記者会見を開いて社会に対して謝罪する光景は一般的でしょうか?

 

ごくたまにありますが、

余り一般的な常識としてはまかり通ってないと思います。

 

会社ぐるみの不正とかであれば話は別ですよ!!

 

この理屈、別にいじめも例外ではないですよね!?

 

いじめが起こった場合、やっぱり1番悪いのは、いじめを起こした加害者です。

 

学校側が積極的にいじめに加担したならともかく、

生徒同士のもめ事なんて、学校側からすれば「しらんがな!!」の一言に尽きると思います。

 

寧ろ学校側も被害者じゃないのでしょうか?

 

だって、

自分達の ‘灯台もと暗し’ な所でいじめをおっ始められて、

それによって自分達の学校の名誉や信頼を傷つけられる訳だから!!

 

「俺達の信用を傷つけやがって!!!」

って、いじめた生徒に対し損害賠償を請求してもいい位だと思います。

 

 

学校側に責任はないのか

 

学校が被害者面できるかどうかはさておき、

学校側に全く何の責任もないのかと書くと、そんな事も又ないと思うんですよね。

 

なので、

いじめが起こった時、学校にはどんな責任があるのか今一度、検討したく。

 

一旦、話をそらします。

 

会社には、従業員に対して「安全配慮義務」というのがあります。

 

法律用語なので堅苦しく、難しく感じるかもしれませんが、

中身は大した事ないです。

 

例えば、飯屋が料理人を働かせる時、「発癌物質を含んだ洗剤は使わない事」みたいな細かい事の1つ1つまで約束しません。

 

いちいちそこまで約束しないからといって、発癌性のある洗剤を店側が使っていい訳ないでしょ。

 

雇い主というのは、一般論として、従業員に安全な職場環境を整える義務があるんです。

 

仕事内容によって、より危険な仕事/より安全な仕事があるから、一概に「どんな義務が具体的にあるのか」は書けませんが、少なくとも

「発癌性のある、漂白剤はだめ」

「漂白剤はだめだけど洗剤については決まりなし」

とか、そんな屁理屈は許されないんです。

 

人を預かる以上、何かあっても「私は知りません」では済まされないという事です。

 

当たり前の事です。

 

これは学校という場所においても書けると思います。

 

生徒を預かっといて、

炎天下の運動場に5時間も6時間も、水も飲まさず放置しといていい訳ないし、

いじめが起ころうが暴力沙汰が起ころうが、ほったらかしでは済まされないです。

 

そこまでほったらかしで済まされるんなら、学校なんて、そもそも必要ないでしょ!?

 

勉強にしろ運動にしろ友達にしろ学園生活にしろ、「有志で集まってやりな!」って話なっちゃいますやん。

 

やっぱり

人を預かる、権利と責任のある所は必要ですし、

学校は正にその役割の為にある訳ですし、

‘万が一’ ってのは極力防がなきゃいけないし、もし万が一が起こったら、それに対処する相応の責任があって然るべきです。

 

以上より、学校は、

極力いじめが起こらない様な環境を整備する義務がありますし、

どうしてもいじめが起こったら適宜、仲裁や制裁をする義務があります。

 

いじめに対する学校の義務というのは、こんなもんじゃないですか。

 

ただ、難しいのは

 

学校という場所でいじめが起こったら、学校にも相応の責任があるんでしょうが、

 

近所の公園やショッピングセンターでいじめが起こった場合、しかも複数の学校の生徒が絡んでたりすると、

各生徒が所属する学校が、公園の管理者や店側に対して介入できるのか? 権限を行使できるのか?

できたとして権限や責任は各学校どの位の分担になるのか?

 

そういうこと考えると、

やっぱり学校側の責任て曖昧なんだなあと思っちゃいます。

 

だからこそ何でもかんでも学校のせいにするのはおかしな話なんですがね。

 

 

学校がやり玉にあげられるのはなぜか?

 

ここまで書いといてなんなんですが、

実は僕自身も、中学の時は典型的な ‘学校悪玉論者’ でした。

 

いじめが起こったとしたら学校側が全面的に対処すべきと信じてましたし、

対処できなければ学校側の責任重大と信じてました。

 

当時、僕が通ってた中学校のいじめ対応には僕個人として不満もありましたから、

今更、当時の僕の ‘学校悪玉論’ を、中学に対して頭を下げる気は更々ないんですがね(笑)

 

当時の僕の経験とか踏まえて、

いじめで「学校が悪い」となってしまう理由について、僕なりに考えたので、以下おつきあい頂けたらなと思います。

 

 

本当に恐れてる奴には逆に敬う

 

確かテオドール・アドルノって学者だったと記憶してるんですけど(間違ってたらすみません)、

「神々の名前は人間の悲鳴だ」

みたいなこと言ってるんですよ。

 

いきなり何を書きだすんだって話ですけど。

 

昔の人達って、色んな自然災害とかで簡単に死んでいくじゃないですか。

(今もそうですけど)

 

今であれば、

疫病がはやってます

その原因はコロナウイルスという病原体です

しかも新型ウイルスなので人類は免疫を持っていません

 

みたいなのを科学の力で詳らかにできますけど、

当時は

祈る→祈ってだめだったら死亡

位しかできる事がなかった訳ですね。

 

だからこそ

それに名前つけて、

神様扱いして

慈悲を乞うた訳です。

 

「助けて下さい」

っていう ‘土下座戦法’ で!

 

「畏敬」

という言葉がありますが、

「畏れてるから敬う」とは、よく書いたものです。

 

同じ理屈はいじめにも通用してます。

 

中学の時、僕をいじめてたヒやヤに対して、

僕が何か責任を追及できるかと書くと、無理と書いていいぐらい難しかったです。

 

だって、そんな事したら、どんな仕返しされるか分んないですもん。

 

でも学校側って、一応は社会人の集まりだから、

社会人の理屈が通じないドキュンの不良と違って

「助けて下さい」って言ったら何かしの対処はしてくれるって、一応の推定ができるじゃないですか。

 

だからこそ言いやすいのです。

 

それに、

いじめの加害者ってのは、往々にして社会人の理屈が通じないドキュンくず野郎ですが、

学校っていうのは、一応は全うな社会人の集まりによって運営されています。

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