いじめの相談を学校にするときの注意点

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前回、

いじめに於て、基本的には学校に責任はない事を述べました。

 

最も責任をとるべきは

いじめた子供、張本人だと。

 

ただ、そうはいっても

学校には、生徒同士の問題だったとしても、適切に介入する権限と義務がありますし、

そもそもいじめが起きない様な環境を提供する義務と責任があります。

 

いじめが起こった時に、

百%責任逃れするのは筋違いですし、

まして隠蔽するなんて、もっての他です。

 

ですが、

隠蔽やら責任逃れやらは、

現実、けっこう起きてます。

 

その辺、改めて色いろ論じていきたいなあ、と。

 

そういう事態との向きあい方とか

そもそもそういう事が起こる理由とか、ね。

 

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僕が、いじめを隠蔽された経験

 

「僕がいじめられた経験 中1の1学期」

でも述べましたが、

僕は中1の時、暴力をふるわれるといういじめをうけました。

 

ヤという子に暴力をふるわれたんですけど、

 

授業中からヤは廊下で大きな声で「ユメソ、しゅーごー!!!」とか叫んでたし、

教室で座って授業を聞いてた僕の胸ぐら掴んでくるとかもされてました。

 

因みにヤという奴は、いわゆる ‘不良’ で、

授業は基本、抜けてました。

 

その時は数学の授業だったんですけど、

数学の先生が学年主任だったんですね。

 

いじめが起こったら、

対処しなきゃいけない責任とか、平の教師よりも重いでしょ。

 

で、

授業中、教室の内外から、僕の名前を叫んだり、「出てこいよ!!!」とか発狂するもんだから、

流石に先生もまずいと思ったんでしょうね。

 

授業が終ると「ちょっと来い」と呼びだされました。

 

先生は、そのまま教室をでて歩いていくので、

「職員室でも行くのだろう」と思って、先生の後ろについて歩きました。

 

そしたら、いきなり背後からヤが僕を殴ってきました。

 

その後の事は、気が動転してて覚えてないです。

 

なので、

丁度、僕が殴られた前後ぐらいに、学年主任が何してたのか、確たる事は書けないです。

 

で、

当時の状況について、母親が学校と話したそうです。

 

そしたら学年主任は、

「僕、見てないんで分りません」

「そういう事は起きてないと思います」

みたいな事を母親に言ったらしいんですよ!!!

(細かい台詞は覚えてないんですが、要は「ユメソのいじめの被害はない認識でいる」という事を母親に伝えた様です)

 

更に、

僕、当時6組に所属してたんですけど、

僕の組の隣の、5組の担任の新人教師も

「K先生(←学年主任の事です)の言う事なんで、正しいと思います」

と言ったそうです。

 

後に母親からその話を聞き、

「ああ~、隠蔽体質って本当にあるんやあ~」

って思いましたね。

 

そんなの、ニュースの世界でしか聞いてこなかったから!

 

前回の記事で「いじめの責任を学校にありとするのは如何なものか」と書きつつ、

僕が中学時代は、いじめに関しての ‘学校悪玉論者’ だったのには、こういう理由があります。

 

 

なぜ、学校はいじめの事実を隠蔽したがるのか

 

問題は学校がいじめの事実を隠したがる理由ですよね。

 

僕はそこまで酷くなる事は回避できたけど、

最悪、自殺に至る例もあるじゃないですか。

 

「人が死ぬ事かてあるんやで!!」

「学校は人としての心がないんか!!?」

と思ったものです。

 

でもねー…

 

僕も ‘社会人’ というのもを経験すると、

学校がもみ消す理由が、何となくですけど分ってくるんですね。

 

人が死ぬ様な事態に直面して、

何も思わない、なんて事はないと思いますよ。

 

寧ろ ‘思いすぎる’ ぐらい思うんじゃないかと。

 

良心の呵責だってあるでしょうし、

何より責任とらされるでしょ。

 

個人では

降格するかもしろないし、

給料さがるかもしれないし、

首になるかもしれないです。

 

学校では

悪い噂を広められるかもしれないし、

その事によって生徒が集まらなくなるかもしれないし、

生徒が集まらなければ廃校になるかもしれないです。

 

でも仮に、

「いや、私は悪くないんですよ」っつって逃げきれれば、

給料が下がる危険性も

首になる危険性も

廃校になる危険性も

大幅に減るでしょ!!

 

子供の頃に習った道徳って、

・正直に謝ったら許してくれるけど

・嘘をついたり隠したりすると、より大きな制裁が待ってる

みたいな感じで習うとおもうんですけど、

 

現実、多くの場合、

本当に悪い奴ではなく、「私が悪かったんです。ご免なさい」した奴に、「責任とらせろ」ってなるんですよね。

世間は。

 

逃げきれるかどうかも運ですけど、

・逃げなかったらほぼ確実に責任とらされる

・逃げたら→逃げきれなかなったら責任とらされるけど、逃げきれたら責任なくなる

って考えたら、

一か八か逃げるでしょ、普通。

 

世間の責任のとらせ方も不公平なんですよね。

 

企業や役所の不祥事も一緒だと思いますけど、

本当に悪い奴ではなく、

悪く見える奴

に責任をとらせようとする限り、

隠蔽というのはなくならないと思いますよ。

 

隠蔽っていうのは、自分達をよく見せようとした結果だから。

 

 

学校は慈悲深くない

 

いじめが起こった場合、

被害者やその親は、まあ当然、学校に対して色いろ言っていきます。

 

が、

 

その時に、ニュースとかドキュメンタリー番組なんか見てると、

「うちの子がいじめられてて、可哀想なんです~。助けて下さい~」みたいな、

‘お上にお慈悲を乞う庶民’ みたいな口調してんじゃないかと思しき人達がいるんですが、

あれ、考えもんだな~と思ってるんですけど。

 

まあ、液晶のむこうの世界の話だから、真実は分らないんですけど。

 

時代劇なんか見てるとね、

松平健さんとか

松方弘樹さんとかが

弱きを助け、悪を成敗してくれますけど、

 

お上なら、弱き庶民を助けてくれる。

いや、助けるべきだ

 

みたいな発想が、どっかにあるんじゃないかなあ、と…

 

でも、現実の学校教育とか、いじめの現場で、学校側が「助けます」と言っちゃうと、

学校に助ける義務がある事をはっきり認める結果になるし、

もし助けれなかったら「約束破り」になって、そこでも更に責任が生じてしまうじゃないですか。

 

逆に、シラ切り通せば、

責任とらされて給料が減ったり首になったりする危険性を減らせるかもしれないし、

 

何より、約束破りになる事ないですやん!?

だって「助ける」なんて約束してないから!!

 

余計な ‘情’ さえ示さなければ、

被害者達以外、誰も傷つかなくてすむんですよ!!!

 

人としては最低ですけど、

合理性だけで判断すれば、極めて合理的だと評せざるをえないです。

 

 

僕の母親は、いかに学校と交渉したか

 

僕も中学の時はいじめられてましたから、

そして親にも相談してましたから、

当然、親は学校に対して、相談しにいきます。

 

母親は、何回も何回も脚しげく学校に行っててくれてたみたいです。

 

基本的には母親の交渉姿勢も、

「可哀想なうちの子を助けて下さい」の、‘お涙頂戴’ 姿勢でした。

 

只「賢いなあ~」と思った事が何点かありまして

 

まず

①要求事項が学校側にも分り易く、のめるものだった

という事と、次に

②言う事を聞いてくれる限りは内々にする

という態度と、

③言う事を聞かなかった時は「どうなるか分ってるやろな」

っていう姿勢

です。

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