親子、依存、自立、そして防衛大

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前に私ユメソが防大入校辞退直前の親との、確執というか喧嘩というか、のこと書いた、その後日談なんですけど、

 

 

防衛大学校には「父兄会」っていうものがあるんです。
(少なくとも58期当時はあったんです!)

 

 

ま、学校でいうところのPTAみたいなもんですね。

 

 

大学受験で希望の国公立に入れなくなりました、いよいよじゃあ受かってる防大の入校準備ですね、てなった時、当然の流れといえばそうなのかもしれませんけど親も「父兄会入る」っていって、実際手続きも進めてたらしいです。

 

 

何度も書いていますが当時の僕は親の動向まで把握なんかしてる余裕なかったもんで…
入校前の心理の暴発詳しいことは書けませんが…

 

 

で、
いったんこの話おいといて、
僕が防大に出発する直接のある夜なんですけど、

 

 

おそらく僕が、防大行くことについての悩みみたいな喋ってたんだと思います。

 

 

そしたら突然母が「もうアンタはこの家からおらんくなるんやあ!!!」的な趣旨のこといって泣きながらテーブルにつっぷしたんです。

 

 

かなりびっくりしましたね!

 

 

自衛隊の活動って創設以来時にはちょっとずつ・時には一気にその領域をふやしてますし、僕の個人的な印象値なんですけど2000年代になって小泉純一郎が政権とってから、折しもアメリカで同時多発テロがあったりしたあおりを受けたりなんかして、仕事の幅とか存在感とかクンと増してきてたころあいでした、当時。

 

 

そうはいっても別に自衛隊の付属大学に入学したからって即戦争に駆りだされるわけじゃないですし、
あの時の母が一体何を考えてたか、その本当のところはわかりませんが、「自分の息子が戦争に行くみたいなリアルに感じてんかなあ…」なんて思ったものです。
合ってるかどうかしりませんよ!何べんも書きますけど!

 

「死ににいくわけじゃないんやから…」て、ぼそっと母に言ったのを覚えています。

 

 

んでまあ当たり前っちゃ当たり前なんでしょうけど、
「辞める」って僕がいいだしてからは「アンタさんざん「防大」「防大」いうといて今さら何いうてんの」、「ちょっとは頑張りなさい!!!」、等々、いわれるわけです。

 

 

「アカンなぁ…」とは思いつつ、
「俺が戦争で殺されたらきっと「あの時辞めさしといたらよかった」って後悔するぞ」って思ってしまいました。

 

 

振りかえるに「まだまだ親から独立してへんかってんやなあ… 心理的な意味で!」って思います。

 

 

依存してると書きますか、
「いざとなったら助けてくれな!」っていう、子どもとしての‘甘え’!?
自立した対等な人間同士の‘助けあい’とはちがう、んんん…文字にすんのは難しいんですけど一方的なすねかじりと書きますか、まあまあ‘依存’ですよね!?
はあったと思います。

 

 

ていうかそれ、社会人になった今でも、完全には消せてはいません。

 

 

大学卒業以来職転々とする傾向ありますし、長い短いはおいといて無職無収入だった期間もあるなかで、ヤバくなった時に頼れるのんて親か国ぐらいじゃないですか!

 

 

僕的に、親への‘依存’が完全になくなるのって、依存できる先がなくなった時か依存なんか必要ないくらい経済的自立を達成した時ぐらいなんじゃないかと思います。

 

 

もっと書くと親が死んだ時か、一生金に困らん資産家になった時か、ね。

 

 

何歳になっても親子は親子だし、本当に‘依存’を100%消し去るのがいいことなのかは微妙な部分もあるような気もしますが、僕としてはやっぱり‘依存’ではなく「自立した対等な人間同士のつきあい」の方がいいです。

 

 

依存が煮詰まってくると何かあった時に「親が何もしてくれへんかってんや!」「親が悪いんや!」みたいなこと言ってしまいがちになるんです。

 

 

もちろん本当に親が悪いと思うんであればそこは子供だったとしても堂々と主張した方がいいとは思いますが、何でもかんでも親のせいにしてるのはあまり生産性があるとは思えないですし、関係性もしんどくなってきますしね。

 

 

えーと、話を戻します。

 

 

防大辞めて家帰ってから1日2日ぐらいは、怒りながらも母親が「また防大の話聞かせてな」って、回数少ないけどいってきたことがあります。

 

 

で、
防衛省共済組合、まあ自衛隊員になれば入るやつですが、入ると、
ディズニーランドの優待があったんですよ。
格安なのかいっそタダだったか忘れましたが。

 

家もどってからちょっとたったある日、テレビでディズニーの話題がでてたんです。

 

 

で僕が「防大生ってディズニー優待があってな…」て話をしようと思ったら母親が「防大の話は聞きたくない!」って一言きっぱりいってきたんです。

 

 

正直びっくりしました。

 

 

「また防大のこと教えてな…」っていってた時は意外なほど優しい口調だった母が、しかしこの時きっぱりと・突っぱねるかのような口調で「聞きたくない」っていってくるわけですから。

 

 

「このわずかな時間の間に何があったんやろう…」って、まあ勘ぐりますよね。

 

 

そこで冒頭の父兄会の話です。

 

 

僕が防大を辞める
ってことは当然親の父兄会入会の流れもオジャンになりますよね。

 

 

てことは「うちの息子が入校辞退したので我々も父兄会を入会辞退します…」みたいなことは伝えますよね!?

 

 

その時に‘何か’「言われたんかなぁ…」と…

 

 

こんなんあくまでも僕の妄想ですし実際どうかなんてわかんないですよ!

 

 

わかんないからこそ「どうやった?…」って、真実を確かめたくなりますよね!?

 

 

入校辞退直後から気にはなってる疑問なんですが、あれから10年近くたった今でも聞けないでいます。

 

 

ぶっちゃけたいしたことないのかもしれませんけど
もし万が一何かいわれてた場合、あの時の、親にとって辛い経験を呼び起こすんじゃないか?・そのことによって親との関係が、修復できないほどにまでなるんじゃないか?

 

 

 

一応なんとか自活できてますけど、現状いつそれが崩れてもおかしくない以上、心のどっかでやっぱり依存がぬぐえないし、
であれば最悪勘当されてもそれなりに心に余裕もって生きれる状況になってからの方が、いろんな意味で‘聞きやすい’んじゃないかなあと思っています。

 

 

「そんなこといってるからいつまでもずるずる来てんちゃうの!?」とか「そういうものこそ先に言うべきやで!!」て言う意見は、なかなか耳に痛いんですが、例えば何かそれを実行に移してしまうような‘追い込まれ’とか‘切迫した必要性’ほどのものもないですし、それを聞くことによって何をどれだけ得て何をどれだけ失うかが分からない以上
その後起こるかもしれない事象に対応できず取り返しのつかないことになる危険性を考えると、「リスクをコントロールできるようになってからでいいんじゃない!?」って発想に、どうしてもなりますよね!?

 

※アイキャッチ画像はWikipediaから引用しています。

 

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