軍隊教育うけたやつが優遇されるべき

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過去の記事のいくつかで書いてる通り、僕は2011年に本科58期生として、防衛大学校に合格し、その後わずか4日で入校辞退しました。

 

ただこの4日間が僕に与えた影響は大きいもので、それが正の方向か負の方向かはさておき…

 

入校もしなかった僕が書くのもなんですが、防衛大にはいろいろいいところがございまして…

 

制度面・待遇面に着目して書きますと、
・学費タダ、しかも給料でる!!!(高くはないですが)
・生活費がかからない(寮生活だから)
・将来が約束されてる(任官辞退しない限り職にあぶれることがない)

 

金とかそういう系の話で恐縮ですけど、
「国をあげて人材を育む」と書きますか、
そういうの「ええなあ~」と思いまして…
「そういう学校日本全国にあったらええなあ」と…

 

つまり
厳しい学生生活

現在及び将来の保証

今の日本の教育のうち、
私立大学はそのままでいいかもしれないけど、
国立大学はより ‘士官学校’ 風にすべきだと…

 

「4日で辞めといて何書いてんだ!!!」って突っ込みどころ満載ですし、自分自身でもそれこそ、 ‘顔が赤くなる’ くらい恥ずかしいことを自白してるんですが、
その筋で仕事とかしない限り普段の我々が意識することってあんまりないんですが、例えば隣国の威圧的な海洋進出であったりだとか、あるいはテロリズムの脅威だとか、
この国の主権と独立が維持されてることによって我々が ‘なんとなく’ の次元で享受できてる「当たり前」とか「日常」とかが、実はもろいものかもしれないということに気づくわけなんですね。

 

ましてその「当たり前」とか「日常」を、 ‘血のにじむような’ 努力によって維持してるのって、一部の人間だけじゃないですか!?

 

「社会人」というものを経験することによって ‘一部’ っていう考え方はだいぶ変わりましたが、当時の僕からすると、偏見丸出しなんですが、
「志高く、まじめで熱心な防大生」VS「ちゃらちゃらした、ただただ楽しいだけの大学生」
っていう構図しかなかったんですね。

 

「そうじゃないだろ!!?」と。

「この国に生まれた以上1人1人が国家社会に貢献してかなきゃいけないだろ!!?」と。

「でないと今ある ‘繁栄’ だの ‘日常’ だのは維持できないんだぜ!!?」と。

 

そういう思いから
「より国家に貢献できる人材育成の政策を進めるべきだ!
!!」
という思いにたち至ったわけです。

 

さすがに ‘士官学校’ ではないから、例えば銃器の取り扱いとか軍事訓練とか、そういうことする必要はないですが、
朝起きる時間とか、規則正く厳しい寮生活とか、その手の ‘軍隊的’ な生活様式は基本的に防衛大を踏襲しようと…

 

んで
国家に貢献できる人材に育てた上で、社会に出そうと…

 

やっぱり4年かそこいらは厳しい生活してるんで、一般の大学よりも就職に有利な制度を作ろうと
(例えば公務員の何割かはその学校出身にしなければならない、とかね!!)

 

日本て ‘人材が資源’ みたいなところあるじゃないですか!?
実際広大な国土があるわけでもないですし、鉱産資源に恵まれてるわけでもないですし!

 

そんな日本において
ふわふわ遊びほうけただけの学生生活とか、あるいは共産主義とか反国家な人間が育つようであればこの国にとって大損害だと思ってたんです! 当時。

 

それに
・アメリカはともかく自由を謳う西欧諸国の国際的なプレゼンスの低下
・決して ‘自由’ とは言えないが国主導・国ぐるみで経済を発展させた中国の台頭、
こういった世界情勢を考えるにつれ
ぬるま湯のような自由を野放しにしていいのか?と、
むしろ全体主義的・国家主義的に挙国一致で国内基盤をもう一度磐石なものにしてこれからの激動の世界で渡り合えるだけの力をつけなおす必要があるのではないか?と。

 

そこにおいてこれらの学校は絶対役たつと確信してましたし、当時僕が公務員になる、絶対叶えたい目標でありました。

 

それに、士官学校みたいに学費ただにすることによって、、金はないけど勉強したいやつを社会に登用する。人材を埋もれさせないっていう点でなおいっそう人的資源の活用につながると思ってました。…そういう連中ってたいがいボンボンなんかと比べてもアンビシャスですから!

 

あの当時僕が金に困ってたっていうのが、結局背後にあるんでしょうけど、
十分いろんな学習できるだけの経済力あるやつがふわふわ大学で遊んでて、本当に勉強したいやつに限って経済的にそれが苦しいって、そういうのが至るところにあるように思えてならなかったんです。

 

「活かされるべき人材が活かされる」と書きますか、そういう社会の実現も、この学校を通じてしたかったです。

 

じゃあ今は過去のそういう思考というか、発想というか、ふりかえって「恥ずかしい」とか書いてますしそういう学校通して社会が全体主義的にならんで「よかったなあ~」と思ってます。

 

何でそんな180°思考が変わったのかと書くと、何か大きな1発があったわけじゃなくって公務員になるための学習なりいろんな活動とか体験なりを通して時間をかけて少しずつ変わっていったんですけど、そこまで書きだすとこの記事が支離滅裂になるので、まあまたおいおい…

 

※アイキャッチ画像はWikipediaから引用しています。

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