僕がいじめられた経験 中学卒業まで

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さて、前回は、

僕の受けたいじめが1番ひどかった時、すなわち中1の1学期の前半(だいたい5月位まで)の話をしました。

 

今回はそれ以降、中学卒業までの話をまとめてしたいです。

 

前回

「殴られた後は急速にいじめが縮小していくことになります…」

という、ちょっと思わせぶりな最後で終りました。

 

いじめが急激にましになっていくのは「何でや!!?」ということなんですが、

 

向こうが攻撃の手を緩めた理由は正直、分りません。

 

僕がいかに弱小な人間かが白日の下にさらされた訳ですし、もっともっと攻めてきてもおかしくない状況だったので、

殴られる以前と比べるとその差にはびっくりするものがありました。

 

ただ、なくなった訳ではありませんよ!

 

あくまで

‘全体としてましになっただけ’

ですから。

 

ということで、

今回は殴られた以降、卒業までで、僕が具体的にどんな攻撃を受けたのかを、いまだに記憶に残ってる具体的なものについて、叙述していきます。

 

便所に閉じ込められた

 

ヤに殴られて以降は他クラスの奴からも睨まれるようになりました。

 

なんせ、僕が弱いのは周知の事実になってしまいましたから。

 

他クラスの奴で、特に僕が警戒していた1人を、仮にイとしましょう。

 

イは、ワルの中ではなかなかの人気者で、ワル以外にもイの事を好きな奴は少なからずいました。

 

「単体やったらええ奴やねんけどなあ」

という評判を聞いたことがあります。

 

ただ、僕に対しては優しくしてくれず、

絡んでくる時は余計な絡みしかしてこなかったです。

 

1回、イに便所に閉じ込められた時がありました。

 

何かの学年集会で、1学年が全員で各教室から体育館に移動する時だったんですけど

 

僕、皆の流れから少し遅れまして…

 

そしたらイから、

「ちょっと来て」っていわれて、

いったら便所に連れていかれて、

そのまま箒で通せんぼされて…

 

ワルの他の奴も何人かいまして、

その中にオもいまして、

(オについてはすぐに説明します)

「言わんといてな」なんて口止めされまして…

 

「いつになったら帰してくれるんやろう…」

「もう学年集会は始まってんかな…」

「先生に「どこ行ってた」って聞かれたら何て答えよう?…」

「「言わんといてな」って言われてしまった以上、ばか正直に先生に答えたら、先生が奴らに何を言うか次第では「お前、先生にチクったやろ!!!」って、もっと大変な事なるんかなぁ…」

なんて事を考え、恐怖で心がいっぱいでした。

 

その時、

たまたま先生がやって来て、運よく僕は解放されました。

 

先生も、怒ることなく

「お前ら、はよ集会行けよー」

みたいな感じで言ってくれたので、

奴らも、逆ギレとかすることなく、自然な流れで穏便に解放されました。

 

他にも、不必要に呼び止められたりしたこともあります。

 

周りの評価はいいだけに「何で俺だけにそんな絡んで来んねん」っていう思いはあったし、

だからこそ、他の人がイのことを何と言おうと、僕はイを全く信用しませんでした。

 

幸いなことには、イが僕を攻撃してくる頻度は、

年に何回あるか、とか、そのレベルで、本気で対策しなきゃいけない程までいかずに済みました。

 

「オ」という子

他クラスの一派の子で、イの他に僕が警戒してた子として、(さっきも名前を出しましたが)オという子がいます。

 

オは、イ程には僕への攻撃の程度は低く、攻撃の内容としては

「ペンを1分程度占有される」

とかなのですが、

 

僕の主観なんですけど、

オは、イより一派の中での ‘格’ は上だったと思います。

 

本腰を入れられたら、ヤに殴られた前後の時期以上の苦しみが待ってるような気がしてたので、

かなり警戒してました。

 

幸いにも「一時的にペンを占有する」よりひどい事してくることはなかったんですがね。

 

机におまんこマークの落書き

 

3年の時なんですけど、

机が、クラスで僕のだけ板が新品だったんですよ。

 

他の子は「何年使ってんねん!?」て位ぼろい板なんですけど、

僕のだけ、なぜかある時に修理されたような記憶あります。

 

それまでは僕も皆と同じようにぼろい机を使ってましたし、

3年の最初から机が綺麗だった訳じゃないです。

 

でも、机が新しくなると、

周りが古く、ぼろい中での新しい机ですから、

当然、目立ちます。

 

ということで、何されたのかというと

落書きされました。油性ペンで、机中が落書きだらけになりました。

 

教室に帰ったら変わり果てた机があるもんですから、

びっくりしましたよ!!

 

恥ずかしいのは、たくさんある落書きの中におまんこマークがあった事です。

 

意味をしらない人には単なる記号でしかないんでしょうが、

中3ともなると、それがエロいもんだ、って事くらいみんな分ってます。

 

しかも、中学生って、性に対していろいろ目覚めてきますから、

男子からは ‘好奇の目’ という理由で、

女子からは変態という理由で、

いじめのきっかけを生むのではという恐れはありました。

 

しかもご丁寧に、犯人は

「僕がやりました。byノ」

「僕がやりました。byH」

って ‘犯行声明’ まで落書きしてました。

 

それが嘘でない限り、そいつらが犯人なんでしょう。

 

驚いたのは、犯人の中にH君がいたという事です。

 

このH君、前々回の記事の、幼稚園の話の「通園路」の話に出てきたH君と同一人物です。

 

H君とは、幼稚園からのつきあいですから、当然、色んなことはありましたが、

中学に限って書くなら、問題化するような事はなかったです。

 

中1の1学期5月にヤに殴られた時でさえ敵に回ることはなかったので、

中3という、将来を左右する大事な時期に敵に回られることへの危機感は、それなりにありました。

 

先生に言ったか言ってなかったかは忘れましたが、

危機感は抱いたものの、特に対策をとるようなことはしませんでした。

 

落書きについても、定期テストの関係で、カンニング防止の為に消すように言われるまでそのままにしてたように思います。

 

落書きを消さなかったのは、僕にとっては、ある種の賭けではありました。

 

というのも

「落書きしても、こいつやったら何も言うてけえへん!!!」

って、舐められる可能性があったので。

 

ただ、落書きを消してぴかぴかの板に戻すと、また落書きされるかと思いまして。

 

落書きされ尽くして、物理的にあれ以上は書けない状況だったので、

このままほっとく方がむしろいいのでは、と判断した訳です。

 

この判断がどこまで功を奏したのか知りませんが、

これ以上ひどくなる事はありませんでしたし、H君が一派側に寝返ることもなかったです。

 

今回に関してのH君は ‘出来心’ で処理していいかと。

 

殴られてから以降は、こんな感じで、全体として1ヶ月に1回誰かからの攻撃があるかないか位の頻度だったかな~と。

 

まとめ

 

思い出せる限りを思い出せる時系列で体験談を書きました。

 

こんな感じのが中1の1学期後半から卒業まで続いたということですね。

 

中1の1学期前半よりだいぶ楽だったんですけど、

まあ、でも1こ1こ振り返ってみて思うのは、やっぱりない方がよかったですよ、そりゃ。

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