【だんじり】 【岸和田】 だんじり祭りの裏事情

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僕の地元は岸和田市です。

 

…というと、「地車(だんじり)やね!」という人も増えてきました。

 

報道で一気に有名になりましたからね。

 

報道の力って偉大ですね!

 

ただ、悪気があるかないか知りませんが、

地車に関しての報道を聞くに、「誤解するんじゃねーかな!?」と思しき報道も見うけられます。

 

かれこれ20年近く前ですが、僕も地車を曳いてた事があるので、

この辺、報道では必ずしも覆いきれてない部分の補充ができればと。

 

 

交差点を止まって曲る曲り方もある

 

地車といえば、交差点を勢いよく曲る「やり回し」で有名になりましたが、

京都の祇園祭みたいに、交差点で停止して、ゆっくり回転する方向転換の方法もあります。

 

「とめ回し」といいます。

 

やり回しの様に、荒くは曲れない狭い交差点を曲る時や、

地車が壊れた時とかにとめ回しをします。

 

全てが全てでやり回ししてる訳じゃないんで、一応お見知りおき下さい。

 

 

子供の遊びも地車

 

全員が全員ではないですが、岸和田の子供達は地車好きです。

 

それは遊びにも色濃くでます。

 

遊びで地車があるんですよ。

 

といっても本物を曳く訳ではありません。

 

自作のおもちゃ的な地車を曳きます。

 

本当に簡単なのだと、スケボーに紐を結んだだけのものを引っぱったのもあります。

 

だけど、そこまで簡略化したのは、寧ろ珍しいですね。

 

大体は

厚さ5~8cmの木の板にこまをつけて、前と後ろに紐をつけたものを作ります。

 

大きさは、人1人が乗れる程度。

 

僕らはこれを「土台」と呼んでました。

 

「土台しよ~」っていったら、この土台を引っぱって遊ぼうという意味です。

 

車とかと事故らない様に、ちゃんと見張も立ててね。

 

子供らだけでやり回しとかもします。

 

まあ、でも、

やっぱり本物の地車を曳く方が圧倒的に楽しかったですがね…

 

面白いもので、ここでも子供のヒエラルキーが見れます。

 

土台に乗ってちょい取れる子は、そのメンバの中では1番高いカーストです。

 

普通は土台に座ってますが、

ごく稀に、走ってるにも関わらず、立って踊れる子がいます。

 

凄いな~と思いましたね。

 

こういう子が将来、大工方になるんかな~と。

 

次が後梃子役。

 

引っぱる役は1番カーストが低い場合が多いです。

 

僕もよく引っぱり役に任命されてた様な…

 

ちょっと例外なのは見張ですね。

 

ここは余りやりたがる子はいないんですけど、どちらかというと志願制です。

 

僕は見張はそれなりにやってました。

 

底辺カーストで土台を引っぱるより、

ちゃんと、それも自分だけに与えられた特殊な役割をこなす方がやりがいありましたし。

 

僕らが子供の頃は土台でしたが、

最近の子供らは凄いですね。

 

本当に地車の形してますもん。

高さ1mもないと思いますけど。

 

YouTubeでおもちゃ地車で遊んでる子の動画を見ましたけど、関心しました。

 

僕らの時も、よりリアルな地車を作ろうとしたんですけど、処女曳行で不具合が起きてしまって(どんなのかは忘れました)、

結局は土台が1番堅いという風になりました。

 

外見はともかく、好きな子は本当にそれぐらい地車が好きなんです。

 

 

池ちゃん

 

「池ちゃん」とは人です。

 

IKECHANという名前で活動してる歌手がいるんです。

 

「それがどうした」と思われるでしょうが、

この池ちゃん、地車をテーマにした歌を歌っています。

 

有名なのは「ケヤキの神」ですね。

 

他にも、題名は忘れましたが、「祭が終った夜に告白された」みたいな歌詞の歌もありました。

 

多分、他の地域の人は全くといっていい程に知らないでしょうが、泉州地域一帯では有名人です。

 

CDの売上も、この辺だけ何万枚も売上げてるんだとか。

 

僕が大学生の時、もうその時には祭を引退して数年たってましたが、友達とカラオケに行った時に、思出したのでケヤキの神を歌いました。

 

その子は広島出身なんですが、「そんな歌あんねや」って驚いてましたし、凄く面白がってましたね。

 

この歌、よその地域で歌ったら1種のネタですよ。

 

他地域の人には理解できないでしょうが、

これぐらい地車好きが岸和田にはいるって事です。

 

 

カレンダーは9月から

 

岸和田でも余り多くは見かけないんですが、たまに9月から始まるカレンダーを見かけます。

 

企業がカレンダー作って、一般人に配ったりするじゃないですか。

 

「ご自由にお取り下さい」的な。

 

銀行のカレンダーは普通に1月からですが、

地元企業が作るカレンダーには、たまに9月からのがあります。

 

9月は地車祭の月で、

地元にとってはカレンダーの始めにもってくる位、大切な祭という訳です。

 

こういうカレンダーって、繰返しですが岸和田でもそんなに見ないですよ。

 

 

学校も会社も休み!?

 

祭の2日間、もっというと本祭直前の試験曳の日の午後は、地区内の小中学校は休みになります。

 

多分、地元企業も休みになったと思います。

 

人でごった返すし、交通規制はあるしで、通勤通学がだいぶ難しくなりますからね。

 

ただ勿論、市外へ通勤通学してる人は岸和田の事情なんか知ったこっちゃはいのでこの限りじゃないし、

地区内の高校も休みにはならなかったです。

 

たまたま高校の敷地が地区内にあるからといって、府立高校でしたからね。

 

市立の高校からともかく、

1自治体の一部地域で祭があるからといって、

それを府として対処するのは考えてなかったんでしょう。

 

まあ、僕が高校生だった頃は、

祭の日程が9/14,15固定→敬老の日の土日に変わったので、本祭は学校に影響しませんでした。

 

試験曳の金曜も、授業されましたし、学校が放課後になる位に試験曳も終りましたから、通学に支障はありませんでした。

 

中学までだったら、試験曳の日は午前中で下校なんですけど。

 

 

祭の後は筋肉痛の激痛

 

地車は、本祭の2日間だけでフルマラソンと同じ距離を走るそうです。

 

当時の僕は小中学生。

 

まあ体力はあります。

 

中学生ともなると、部活やってたりしますし。

 

ただ、そうはいっても祭の間の運動量は半端ないです。

 

普段なら絶対しないだろう運動量です。

 

何せ1日中、走回ってるんだから!

 

そんなの2日もやったら、次の日の足は激痛なのが火を見るより明らかです。

 

という事で、祭後の学校では、筋肉痛の子供達が大量発生します。

 

これが岸和田の秋の学校です。

 

 

事故博物館

 

地車は、とにかく事故が多いです。

 

走ったり、交差点を激しく曲るんだから、事故が起きるのは当然といえば当然です。

 

こける

大工方が落る

電柱にぶつかる

人ん家の屋根にぶつかる

等々…

 

地車では、昔から動画撮影に熱心です。

 

今みたいにYouTubeもなければスマホで綺麗な動画がとれる訳でもない時分から、

各町がビデオカメラをわざわざ用意して、自町や他町のやり回しの様子を事細かく撮影してました。

 

祭が終ると、映像集が売られたりしてました。

 

僕が子供の頃は、ビデオテープで売られてましてね。

 

勿論、綺麗なやり回しを収録したビデオもあったと思いますが、

事故った映像ばっかり集めたビデオも売られてましてね。

 

「事故博物館」という表題で、商店街の文具店なんかで売られていました。

 

「事故博」って呼び方が一般的ですがね。

 

店頭にテレビを置いて、事故博を流し続けてたかな。

 

暇なおっちゃんがずーっとそのビデオ見続けてました。

 

僕も、そんなおっちゃん達のまねしてビデオを凝視した事もあります。

 

地車好きにとっては、飽きない映像なんですよね!

 

「うわー!! どこどこ町がこけたー!!」とか、友達とかとよく言ってましたわ!

 

だから、ビデオがあるバスでお出かけする時、

例えば子供会のキャンプとか、

では、まあ映画とかも見たんですが、ネタに困ると事故博を見ようっていうのは多いです。

 

困った時にハズレないですからね。

 

こんな危ない映像をエンタメの如く楽しむなんて、岸和田以外の人からすれば異常かもしれません。

 

でも地車を曳いてると事故は日常茶飯事だからある程度は慣れますし、

‘恐いもの見たさ’ っていうのは多くの人が持ってると思います。

 

なので事故博の需要は毎年あります。

 

YouTubeで手軽に事故が見れる様になった今では、ビデオ買う人はいないでしょうが。

 

勿論、事故博に収録されてしまうのは、その町にとっては不名誉ではありますが。

 

話はそれますが、

地車がここまで有名になった理由の1つとして、早くから映像に残すというのをやっていたのがあると考えています。

 

最初は自分たちが楽しむだけの目的で撮ってたんだと思います。

 

それが、メディアや技術が発達すると、

地車という物を世間に知らしめるのに有効な素材として機能した。

そう推測しています。

 

 

祭後の川に大量の金魚

 

本祭の2日間、大通りには沢山の露店が出ます。

 

出店でおなじみなのが金魚すくい。

 

地区のあちこちで、沢山の金魚すくいが出店してます。

 

金魚すくいって、すくった金魚をくれる所が多いじゃないですか。

 

貰った金魚を持って帰ってちゃんと世話する人も中にはいます。

 

一方、残念ながら、貰った金魚をどっかその辺に捨てる輩もいます。

 

古城川って川がありましてね。

 

僕が物心つく前には、既に工事されてて、川は地下を流れる様になってました。

 

ただ、一部は地上を流れる様にも工事されてました。

 

古城川は岸和田港塔原線という道路のすぐ横を流れています。

 

岸和田港塔原は、道幅も広く、祭では地車がたくさん通ります。

 

そして、沿道には沢山の出店が出ます。

 

当然、出店の中には金魚すくい屋もまじってまして。

 

金魚すくいして→

金魚を貰ってすぐ古城川に捨てる人は、たぶん相当数いるんだろうと思います。

 

岸和田港塔原線以外でやった金魚すくいの金魚を古城川まで持ってくる人もいるかもしれませんね。

 

僕は基本、出店より曳く派だったのでそこら辺の事情には疎いのですが…

 

どの店からのかはともかく、祭の翌日の古城川には大量の金魚がいます。

 

普段の古城川には金魚は生息してないので、金魚すくいの金魚が不法投機されてるのは明白です。

 

古城川はドブ川で、川底に藻が生えていたり、アメンボがいたりはします。

 

だけど魚のいる川ではありません。

 

なので一時的とはいえ、魚のいる古城川を見るとうきうきしたものです。

 

僕にとってはうきうきでしたが、金魚にとっては悲惨な未来です。

 

古城川に放流された金魚は長生きできません。

 

日がたつにつれ、死んで浮いたりする金魚も増えますし、

死体すらなく、ただただ減ってるのもよくあります。

 

流されていったのか、はたまた誰かが死体を回収したのか…

 

数週間もたつと、川から金魚がいなくなります。

 

それを毎年繰返してました。

 

今から思うと可哀想ですね。

 

もうちょっと動物愛護してもいいと思うんですけど…

 

 

バッタ物の遊戯王カード

 

「遊戯王」ってご存知ですか?

 

所謂「トレカ」の1つです。

 

トレカは他にも、

デュエマとかポケモンとかガンダムとか、

まあ色々ありました。

 

でも僕が子供の頃、数あるトレカの中でも、遊戯王の人気は別格でした。

 

勉強ができなくても、

運動ができなくても、

顔がイケメンじゃなくっても、

いいカードをもってるだけでステータスでした。

 

出店を出す側も、当然、巷で遊戯王がはやってるのは知ってたはずです。

 

だから、くじ引きの景品とかで遊戯王カードを売りにしている出店も沢山ありました。

 

問題なのは、基本それが偽物だという。

 

店に飾ってるカードは、いかにも本物っぽく見えるんですが、

(それが本当に本物かどうかも分らない…)

景品としてくれるカードは明らかに偽物。

 

当時、遊戯王カードは1パック5枚入150が基本で売ってたんですが、

珍しいカードをバラ売りしてるホビー店みたいなのがあって、1枚数百円から、高いのだと1枚で万を超える物もありました。

 

出店のくじ引きってのは、大体1回3百円ぐらいが、僕が子供の頃の相場でした。

 

数千円から1万する当りを、3百円で還元すると、なかなか利益が出難いので、そもそもまじめに商売し難い面はありますが…

 

でも、やはり偽物を流すっていうのは、消費者(詰りくじ引きする子供達)に対しても遊戯王カードを作った著作権者側に対しても失礼だと思うし、

法的にも問題あると思うんです。

 

ブランド物で考えて貰ったら分ると思うんですけど、

偽ブランド流したら警察沙汰でしょ!?

 

何年か続くと、子供らも偽物を掴まされるのは分っていきますが、

誰も問題視しないんですよね。

 

祭だから気分がうかれてるのか、

出店っていう、所詮「ちゃんとした店じやないよね」っていうので、「そんなもん」と考えてるのか、

声を上ると「面倒臭い奴」と思われるのが嫌なのか、

そもそも論、深く考えてないのか、

 

まあ別に所詮は出店ですが、

阿漕な商売してるなら指摘すべきだと思うんですがね。

 

そうしないと、幾ら祭とはいえ、

ズルの経済を容認する結果になるじゃないですか!?

 

偽物のカードの方が原価を抑えられるし、「そっちの方が利益でるやん」てなるのは明らかだし、

そんな事したら全うなくじ引き屋が消えてしまって、祭が詐欺の場と化してしまいます。

 

まあ金魚すくいの件といい、出店に金を落すのは如何なものかと思いますがね。

 

 

ジュースの値段が倍

 

出店関連でもう1つ。

 

出店で飲物を買うと、値段が異常に高いです。

 

僕らが子供の頃って、自販機で500mlのペットボトル買うと、150円でした。

 

今は相場160円ですけど。

 

十円上って残念がってる様じゃあ、正直、甘いです。

 

祭の時、出店で買うと、当時で3百円します。

 

自販機の倍ですね。

 

例えば、

僕の友達のお婆ちゃんが出店を出してジュース売ってた事があります。

 

その友達と僕は同じ町を曳いてたのですが、

地車が休憩したので、僕とその友達を含め、何人かでたまたまその出店に行きました。

 

そしたらそのお婆ちゃんが「ジュースやるわ!」って、只でくれました。

 

まあ、そういう事もありますけど、

今回みたいに、ある種のコネの様なもの(コネといえる程でもありませんが)がないと、ボラれます。

 

自販機とはコンビニとかで買った方が絶対に得なんですけどね。

 

何ですぐそこに自販機あるのに、倍額を出して出店で買うのか全く分らないです。

 

ただまあ、財布の紐の緩い人が祭の間は大量発生するみたいで、そこかしこに高額で飲料を売る出店が続出してましす。

 

雰囲気には流され易いですから、値段を跳上るには絶好の機会ですね。

 

因みに、岸和田港塔原線の交差点に、岸和田南交差点というのがありましてね。

 

駅前でやり回しした地車は、この交差点をやり回しして、塔原線からカンカン場へ行くんですが、

この交差点の角に、昔ローソンがありましてね。

(多分ローソンだったかと…、記憶が曖昧…)

 

今はコインランドリーになってるみたいですけど…

 

ここのコンビニ、祭の日、日本で1日に最も売上たという伝説があります。

 

この説、この記事を書くに当って調べたんですが、

本当に本当かどうか確かめられませんでした…

 

もしかしたら駅前通り商店街のアーケードと同じで、岸和田人の思込みの可能性もあったり…

 

 

 

地車を持ってない町もある

 

岸和田の地車は町単位で曳行されます。

 

‘町’ っていうのは、例えば「岸和田市宮本町1-1」の ‘宮本町’ みたいに、市の1区画としての、住所上の ‘町’ です。

 

岸和田は地車の街ですが、意外にも全町が地車を持ってる訳ではないです。

 

例えば

臨海町、木材町

の様に、埋立でできた土地なら、地車を持ってないのも理解できます。

 

地車が初まったのは約3百年前ですが、

3百年前の江戸時代に人工の埋立地なんかありませんでしたからね。

 

不思議なのは

岸城町や魚屋町

の様に、3百年前から存在してるのに地車がない町。

 

魚屋町は、大昔は地車を持ってたらしいですからね。

 

なぜ地車を持ってないのか?

なぜ昔は持ってた地車を今は持たなくなったのか?

その辺の事情は知りません。

 

多分、町毎に理由が異なるんじゃないですかね!?

 

ついでに書くと、

別所町は、今は地車を持ってますが、

地車を持ったのが平成になってからです。

 

もっと書くと、魚屋町と同じで、更に大昔は地車を持ってたらしいです。

 

なぜある時期から地車を持たなくなったのか?

なぜ平成になって再び地車を持ったのか?

その辺の事情も僕、知らないです。

 

更に更に、南上町の場合、

地車自体は前々から持ってましたが、

岸和田旧市地区に合流したのが平成後半になってからです。

 

それまでは、曳行の日程は旧市地区と一緒だったものの、町内だけで曳いてました。

 

東岸和田地区の作才町もその形らしいですが。

 

まるで仲間外れの様な扱いですが、何でそうなってたのかも僕は知らないです。

 

恐らくこれらは、地区全体というより各町個別の理由によるものが大きいのかと…

 

そこまで調べだしたらきりないので、

申し訳ないんですが割愛させて下さい(苦笑)

 

 

地車に興味ない人もいる

 

報道を見てると、はっきりいってる訳ではありませんが、まるで岸和田市民全員が地車好きかの様な印象をうけます。

 

確かに地車好きは相当数いますが、

全員が好きかと尋ねられれば、そんな事ないですよ。

 

先程も書きましたが、岸和田市内には地車を持ってない町もあります。

 

曳行コースからも外れた所に住んでると、幾ら岸和田市民とはいえ、地車との接点が殆どないという事もありえます。

 

そういう人達は、地車に興味を持つ機会が大きく制約されます。

 

統計とった訳ではありませんが、やはり

自町に地車がない

曳行コースから外れた所に住んでる

子は地車を曳かない傾向は強い印象がります。

 

あくまで僕の主観ですが…

 

もう1つよくあるのは、性格の問題。

 

もっというと、’陰キャ’ の子達。

 

岸和田といえば、’ヤンキーの街’ として印象づけてる人も多いかと思います。

 

実際それは合ってます。

 

ヤンキーと地車に必ずしも因果関係がある訳ではありませんが、

やはり祭に熱心な人に、少なからずヤンキーやそれに近い性格の ‘陽キャ’ が多いのも事実です。

 

僕みたいに、陰キャのくせして中学まで地車を曳けたのは珍しいといっていいと思います。

 

どっちがいいとか悪いとか、この記事で書く積りはありませんが、

陰キャというのは、陽キャの声の大きさや態度や勢いで押されてしまいがちです。

 

そもそも論、そういう奴って、「地車を曳く位ならゲームやってた方が楽しい」って思ってる奴、多いですしね。

 

性格が祭礼の本流とあわない

他に楽しい事がある

みたいな理由で地車を曳かない人も、裏でちょこちょこいたりします。

 

 

地車はよそ者で成立っている

 

報道を見ると、地車を曳く人達の地元愛が余りに強調されすぎてる節を感じます。

 

その象徴として、

お母さんのお腹の中にいる時から太鼓の音を聞き、幼少期からお爺ちゃんになるまで地車を曳き続ける

みたいな話を見聞きします。

 

勿論そういう人もいますよ、それなりに。

 

必ずしもはっきり言ってる訳ではありませんが、

生まれてから死ぬ迄1つの町に骨を埋めるかの様な報道のされ方だと見うけますが、

それは実際かなり珍しいでしょうね。

 

僕は旧市地区のある町で育ち、小学校から中学までその町を曳き続けました。

 

他の町を曳いた経験はありません。

 

でも、周りを見渡すと、「お前らどっから来たん!?」って子がかなりいました。

 

町内で普段は見かけない子達が、祭となると、どっからかふってわいた様に現れるんです。

 

どう考えても「うちの町に住んでへんやろ!」って子達が、然し祭となるとその町にやってこれる理由は、僕はその全ては把握していません。

 

ただ、幾つかの理由は知ってるので、それをご紹介します。

 

やはり多いのが、その町に住んでてその町を曳いてる誰かと何らかの関係がある場合。

 

たとえば「俺、この人の親戚です」とかってなると、普段は別の町に住んでても、祭の時にはその町を曳きにやって来ます。

 

或は「誘われた」ってのも多いですね。

 

習い事が一緒

学校が一緒、

そういうの。

 

よその町から来るってのは、やはり何らかしらの関係性がある場合が多いです。

 

明らかに「こいつ、よそ者やろ!?」って場合はそんな感じですが、

「一家で長らくその町の町会に入ってるが、実は住所は別の町」ってのもあります。

 

この形の人って、その町になじんでるから、住所が別にあるのを忘れてしまう位になってます。

 

何で住所の町とは違う町会に入ってるのかは分んないんですよね。

 

僕の知合いにもそういう奴いたんですが、余り仲よくなかったのもあって結局は聞けずしまいです。

 

比較的多いのは住所の町の隣の町の町会に入る形。

 

境界近くに住んでると、住所の町が違うのは殆ど気にならないですからね。

 

 

色んな町を曳く人もいる

 

「各町、自町の地車を誇りに思ってる」という情報をよく見かけます。

 

自分達の地車を自慢したいのはどこも一緒ですし、それ自体は正しいんですが、

実はその裏で、曳く町を変える人が一定数います。

 

引越しとかで曳く町が変わるのはさっきも書いたかもしれませんけど、

そういう事情もないのに複数の町を渡歩く人が一定の人数、存在します。

 

僕の先輩にもそういう人いました。

 

理由を尋ねたら「誘われたから」と。

 

これはあくまでも一例ですがね…

 

流石に毎年毎年、曳く町を変える人はいないでしょうが、

3回4回程度なら変わってる人はいるみたいです。

 

何でそんな事ができるんか分りませんが…

 

そんなに誘われたりするもんなんですかねえ…

 

後、9月祭礼と十月祭礼の両方を曳いてる子もいました。

 

流石に両方の青年団には入るのは無理だと思いますが。

 

でも子供会とかなら、時期が違うから、2つの祭礼を曳くのは可能です。

 

どうやればそれができたのかは知らないです。

 

実は僕も十月祭礼を曳きたいと親に言った事があります。

 

何て言われたかまでは覚えていませんが、「やめとき」って話になって、結局は立消えとなりました。

 

コネとかはなかったし、十月祭礼の地区に友達とかもいなかったし、

動機は薄かったから、僕もそんなに本気じゃなかったと思います。

 

今から思えば、あそこで本気になっときゃよかったかなあ、と…

 

別記事で書く予定ですが、僕の地車人生はかなり中途半端な形で終ってしまいました。

 

当時はそこまで深く考えていませんでしたが、

もしあの時、もう少しでも本気になってたら、僕の地車人生も大きく変わったんじゃないかなあと思います。

 

 

青年団も高校から

 

地車の曳行の中心を担うのは青年団です。

 

その青年団ですが、殆どよそから来た人達で構成されています。

 

勿論、子供の頃からその町を曳いて、青年団もその町に入る人もいます。

 

ただ、これは驚くほど少数です。

 

僕が地車を曳いてた頃、同じ町出身の僕の同級生は3人いました。

 

他の町を見渡しても大体この位の人数でした。

 

よほど広い町でない限り、同じ町の1学年は、2,3人が相場でした。

今でもそんな変わってないと思いますが…

 

小学校の時は3人とも曳いてましたが、

中学から高校にかけてこの人数に変化が訪れます。

 

1人は中学の時に引越し、

僕は中学で地車をやめ、

結局この町の青年団に入ったのは1人だけでした。

 

他の町でも何だかんだで脱落していく人がでます。

 

大体どの町でも、青年団に上る頃には自町出身者だけでは維持できない程に人が減るもんです。

 

それを補おうとすると、どうしても青年団に他町出身者を入れないとやってけないんです。

 

青年団は高校からなので(他地区では中学から入ってくれって地区もあるみたいですが)、「高校で誘われた」って子が多いみたいです。

 

高校ともなると、電車通学する子も多いので、市外とか、けっこう遠い所から来る子もいるみたいです。

 

この子達けっこう大変だと思うんですよね。

 

祭が近くなったら、寄合(祭を準備する為の集まり)が毎日されるし、毎晩遅くまで寄合してますからね。

 

僕の住んでた町では、祭前になると寄合は午前3時までとか普通でした。

 

「よそから来た子ら、帰ってんのかな!?」と思ってましたけどね!

 

 

祭は寄付で成立ってるというが、寄付に協力的でない岸和田市民も多い

 

地車は1台で1億2千万円するらしいです。

 

更に、曳く人に配る飲料水だの、ご近所に配る洗剤やタオルだの、

とにかく祭には沢山の金がいります。

 

あ、ご近所への洗剤とかタオル配りですが、

本番もそうですけど、祭が近くなると、太鼓の練習や走込み等でどうしても音を出してしまいます。

 

それらに対して「ご迷惑をおかけしました」って意味で、祭が終ったら粗品みたいに町内に配られたりします。

 

地車は商売じゃないので、これだけのお金は寄付に頼らざるをえません。

 

「地車を新調する際の費用1億2千万円が寄付で賄われています!!」という報道を見た事があります。

 

「岸和田市民は、地車の為には協力してこれだけの金額を集めるんだ!!」みたいな。

 

まあ、別に間違いじゃないですし、報道はそこまで言ってる訳でもありませんが、

「岸和田市民は地車の為ならお金も惜しまん」かの様な印象を与えかねんかなあと思います…

 

「流石にそれは印象を膨らませすぎですよ」って事で、元岸和田市民としてその辺を書いていきたいなと…

 

まず知識として、地車へ寄付するのを「花寄」といい、その寄付を「御花」といいます。

 

子供の頃は本当に花屋の花を青年団とかに渡してるんかなあと思っていましたが(笑)、

露骨な表現を避ける為の一種の婉曲表現で、「終りにする」を「お開きにする」って言換るのと、発想は一緒です。

 

毎年、祭近くになると、青年団とかが「◯◯町青年団です。御花お願いします」って各家庭を回ってます。

 

「各家庭とも、さぞ協力的なんだろう」と思いきや、全然そんな事ないです。

 

けっこう断ってる家庭も多いです。

 

うちの家も毎年、断ってました。

 

家庭によっては、呼鈴に「御花お断り」と貼紙してる家もありました。

 

何を隠そう、うちの家もそうだったんですけどね(苦笑)

 

うちは最初から貼紙してた訳じゃなくて、ある年から「いちいち出るのもな」ってなって、他の家を見習って貼紙する様になったんですが。

 

けっこう冷たいですよね!

 

「岸和田市民て地車好きなんだろ!? 協力したれよ!」と思うでしょ!?

 

でも仕方ない面があるのです。

 

御花にも相場があります。

 

地区によって違いますし、2,3千円だせば十分という地区もあるみたいですが、

岸和田の旧市は最低でも5千円ぐらいからみたいです。

 

祭になると、花寄した個人や企業の名前が書かれた「御花御礼」の板が道端に立てられます。

 

高額を花寄すればする程、板の上の方に名前が載ります。

 

他地区であれば、5千円も花寄すればけっこう上の方に名前が載るんですが、

岸和田旧市では、5千円の花寄だと下の方に地味に名前が書かれるだけ。

 

花寄すると、返礼にタオルとか団扇とかくれたりします。

 

なので募金感覚で十円20円の花寄されても、逆に損です。

 

花寄に協力するなら、どうしてもそれなりの金額の出費を覚悟しなければなりません。

相場や返礼品もありますし。

 

岸和田旧市の地車って、全部で22町あるらしいです。

 

もし全町の花寄に協力するなら、最低でも5千×22を毎年払い続けなければなりません。

 

出す人は、個人でもかなり高額な花寄する人はいますが、

そんな金持ちばりではないですからね。

 

負担を考えたら、そりゃ断りたくもなります。

 

じゃあこの人達は花寄を断りっぱなしかというと、実はそうでもなかったりします。

 

我が家の例ですが、「自分の町にしか花寄しないんです」って言ったり、

表向「うちは御花お断り」って貼紙しといて、自分の町の青年団が来たら花寄してたりしました。

 

町会館に出むいて花寄してたのもあったかな。

 

やり方はともかくですが、

自分の町だけ花寄するって人が多いみたいですね。

 

話をそらしますけど、

御花を集めるの、大変らしいですよ!

 

非協力的な人も相当いる中で、毎年の祭の維持発展に必要な金額を集めるのは、並々ならぬ努力があります。

 

僕が聞いた噂では、

青年団同士で互いに十万ずつ花寄し合ってるっていう。

 

この話はあくまで噂の域を出ませんし、真相を僕に聞かれても困りますが、

御花を集めるのに苦労してる話はあちこちから聞きますし(楽に花寄されたなんて聞いた事ない!)、

少なくとも各青年団(実際に担当するのは、「新団」とよばれる入団1,2年目ぐらいの子が多い)にとってはしんどい仕事の1つなのは間違いないはずです。

 

 

地車以外にも地域行事や冠婚葬祭が沢山

 

地車を曳く人達は、何かと1年間、仕事があります。

 

本祭は秋ですが、入魂式や昇魂式で、突発的に曳行する可能性は、年中あります。

 

地車だけでも年中曳く可能性がありますが、

地車以外の用事も任されたりします。

 

特に青年団。

 

4月の新団歓迎会とか、組織内の行事も何かとあります。

 

いつやってるのか知らないですけど、

ソフトボール大会とかもあるみたいです。

 

団内での行事もさる事ながら、

団外での出来事にも駆りだされたりします。

 

例えば年末年始の「火の〜用〜心。カン、カン!」に青年団が駆りだされたり。

 

こういうのは主に新団といわれる入団1年目とかの ‘下っ端’ の仕事ですが、

上もあぐらかいてばかりもいられません。

 

葬式とかに、町関係者として団長が参列する場合があります。

 

故人やその家族の、町との絆の強弱にもよりますし、昔ほどそういうのを気にする人はいませんが、

それでも昔ながらの考え方を持ってる人だと、「うちの誰々が死んだのに、町関係者は葬式にも来なかった」とかは言われます。

 

これは何も青年団の団長に限った話ではなく、

拾五人組の組長や、若頭や世話人にも言えます。

 

町関係者に何かあれば、それに出席するのは当然ですし、しないと陰口を言われます。

 

逆に、例えば祭をやめると、それまで関係を築いてきた町関係者達が、掌を返した様に相手しなくなります。

 

葬式しても、町関係者の誰も来ないとか。

 

祭の切れ目が縁の切れ目…

 

岸和田では、地車を中心に町の纏まりが強いです。

 

団結が強い分、和を乱す奴は排斥されます。

 

地車とは、ただ綱を持つだけじゃなく、町に骨を埋めるものでもあるのです。

 

よそから来てる子らなんかは大変ですよね。

 

年がら年中、岸和田に呼びだされるんですから!

 

 

いかがでしたか?

 

まあ、こんなん知ってた所で何か役にたつ訳じゃないし、地車を見る際の楽しみが増える訳でもないんですが…

 

‘裏事情’ とまではいえないかもしれませんが、もしよかったらどうぞ!

 

 

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