【だんじり】 【岸和田】 だんじり祭りを辞めました

ブログ
Pocket
LINEで送る
このエントリーを Google ブックマーク に追加

 

 

岸和田市民にとってなじみ深い地車祭。

 

地車を愛してる岸和田市民は多いです。

 

例にもれず僕もそうでした。

てか、今でもそう、ちゃそうですけどね。

 

でも僕は地車をやめて、はや20年近くたちます。

 

曳き手の主力である青年団には入らなかったんで。

 

で、そのまま岸和田を出て今に至ります。

 

今回は、何で僕が好きだった地車をやめたのか、そこら辺のいきさつなんか書いていきたいです。

 

 

元々、青年団に入る気なし

 

地車を曳く人にとって1つ大きな区切になるのが

青年団に入るかどうか

 

そのままエスカレータで入る人も沢山いますが、

これを機に地車から引退する人もそれなりの数、存在します。

 

僕も中学の時点で青年団には入らない積りでいました。

 

青年団に入ると、結構な時間を地車にとられます。

 

特に祭1ヶ月前は午前様までの寄合が毎日です。

 

僕は進学校を考えていたので、勉強との両立が難しいと考えていました。

 

僕の実家の近くに某町会館があって、青年団がそこで寄合してたのですが、

午前3時まで騒いでるとか普通だったんですよね。

 

当然、そこには高校生の子らもいますから、「こいつら、いつ勉強してんねん」て思ってましたけど。

 

 

中学でやめる子いる

 

意外かもしれませんが、

中学卒業=地車卒業

になる子が一定割合で存在します。

 

数として多いとまではいえないかもしれませんが…

 

中学までは責任なり祭までの仕事なりは、あってない様なものです。

 

所が青年団に入ると一気に負担が増えます。

 

部活とか勉強とか、高校との両立がしんどくなります。

 

特に進学校に進した場合にそれが顕著です。

 

進学校に進学すると、大学も ‘高学歴’ といわれる大学に進学するのが自然な流れになってきます。

 

有名大学に進学して

有名企業に入って

…てなると、地元からはどんどん離れていきます。

 

逆にいうと、青年団に入るって事は、高確率で「ずっと地元で生きていきます」って事になりえます。

 

僕も泉州地域の進学校に進学しました。

 

勿論、青年団に入ってた子もいましたが、

地元から離れるって子ほど青年団をやめる傾向が強かったです。

 

地元で生きていくかそうでないかが、祭を続ける鍵の1であります。

 

 

青年団の気質

 

「青年団に入ると勉強との両立が難しい」っていうのが、僕が地車をやめた表向きの理由です。

 

勿論、事実であり真実ですよ!

 

ただ、それ以外にも理由はあります。

 

青年団の体質ですね。

 

正直に好かんでした。

 

ざっくり書くと、

強豪校の野球部の様な体育会気質

 

特に新団といわれる、入団1,2年目の子達は、色んな雑用させられるみたいですし、先輩からの態度も高圧的です。

 

内部の細かい事情までは掴めませんでしたが、

本祭の昼間の曳行が終った後、すげー長い時間、色んな先輩からめちゃめちゃ怒鳴られてる複数の団員を目撃しました。

 

何をやらかしたんかは知らないですけど、

その映像だけを見れば、企業で起こってたら完全パワハラ間違いないでしょう。

 

ああいう怒られ方されてんの見たら、そら「俺も入ったらああいう風に怒られんかな」ってびびりますやん。

 

もう1つ見たのが、先輩の態度が偉そう。

 

僕が曳いてた町は、灯入れ曳行(詰り夜の曳行)の時、子供会の子達とかが屋根に乗れます。

 

僕も乗った事あるんですが、

乗ってるのは子供達だけではないんです。

 

青年団も乗ってます。

 

理由は知りませんが、提灯を担当してるみたいです。

 

後梃子に提灯で合図を送ってる団員がいました。

 

その団員に対し

「おい! 〇〇やっとけよ!」

「おい! ◽︎◽︎はこうやからな!」

って、偉そうに命令してる団員がいました。

 

その団員は

「はいっ!」

「はいっ!」

って、純情に従ってました。

 

勿論、本心は知りませんよ!

 

前の記事でも書きましたが、

青年団の団員ほ殆どはよそから来ています。

 

その町出身でその町の青年団に入る人の方が珍しいんですね。

 

その町出身でその町の青年団に入った人っていうのは、よそから来てる人よりも格上です。

 

団長になるには、多くの場合、その町出身者がなるのが慣例です。

 

さっきの団員ですが、僕はその人を知っています。

 

同級生のお兄ちゃんです。

 

そして、僕もその人もその町出身です。

 

詰りその人は、将来の団長候補です。

 

そのお兄ちゃん、入団して2,3年はたってた筈です。

 

新団でもなければ、将来の団長候補でさえこんな扱いです。

 

「俺も入ったら虫けらみたいな扱いされんのかな」と思ったら、そら入る気も失せますよね。

 

 

青年団の黒い噂

 

青年団といえば地車の中心選手、花形ともいえる存在です。

 

祭の中心選手として、楽しく元気に勢いよく曳いてる映像なんかが見られますが、

その裏ではなかなかどろどろした噂が絶えません。

 

見聞きしたり、ネット記事で読んだりしたのでいうと、

  • 暴力
  • 高校から酒
  • 出費強制の風俗旅行
  • 他町青年団と十万円の出し合いっこ
  • やめたいと言った奴への恫喝

辺りですかね。

 

十万の出し合いっこっていうのは何かっていうと、

 

祭の運営は、花寄といわれる寄付で成立っています。

 

大きなものでは地車の維持費とか、

細かい所では休憩中に子供達に配る飲料とか。

 

青年団は、その花寄を募りに行く担当になる事が多いんですけど、

大体そういうのって下っ端の仕事なんですね。

 

んで上から「なんぼ集めてこい」みたいなノルマが課されたりするんですけど、

それがけっこう高いらしいんですよ。

 

岸和田旧市地区の場合、僕が現役だった頃の花寄の相場は、1口5千円からが最低だったそうです。

 

金額もあって、よその町の花寄に協力したがらない人も多いです。

 

なかなか厳しいノルマなんで、それを達成する為に、「俺、お前の町に十万花寄するから、お前も俺の町に十万花寄して」みたいなのがある

っていう噂を聞いた事があります。

 

勿論、今あげた例は噂の域を出ません。

 

現役の青年団の人からすれば、「それは真実と違うぞ!!」って文句を言いたくなる内容を書いてるかもしれません。

 

だけど、間近で青年団を見てきた人間からすれば、

「風俗旅行はないかもしれないけど、「バーベキューやるから、お前は絶対参加な!」っていわれるかもしれない」

「十万の出し合いっこはないかもしれないけど、花寄のノルマが達成できへんかったら胸ぐら掴まれてどやされるかもしれない」

っていう疑いは持ってしまいます。

 

「火のない所に煙は立たず」とはこれですな。

 

入ってみたら大した事ない可能性も否定できませんでしたが、

現実的、経験的に考えてその可能性は低いだろうと判断しました。

 

 

番長と対立

 

僕が曳いてた町には、その町でブイブイいわせてる番長の様な子がいました。

 

仮にTさんとしましょう。

 

Tさんは、家系や人脈がその町の有力者に繋がるらしいです。

 

だから態度も横柄で、偉そうでした。

 

Tさん、同級生で同じ組だったのですが、学校でも散々いばりちらしてました。

 

Tさんに暴言を吐かれて泣かされた子を何人も見ましたし。

 

僕自身も暴言を何度も吐かれていたので、その子を嫌っていました。

 

小6のある時、どんな流れだったかは忘れたのですが、「うちの町にはTがおるから嫌や」って言ったんです。

 

要するにTへの陰口ですわ。

 

そしたらそれ、別の子が聞きつけてたらしく、

Tにチクられたんですね。

 

僕が教室に入るなり「あんた、うちらの町けなしたやろ!!」と。

 

チクられた挙句、町をけなしたと伝えられてるっていう…

 

踏んだり蹴ったりですね!

 

まあ僕としても弁明できないですよね。

 

だって「町をけなしたんやない。お前をけなしたんじゃ!」なんて、よもや言えないじゃないですか(笑)

 

その時の僕にできたのは、「そんなの言ってないよ~」って言って、話を曖昧にして逃げる位。

 

これは小6の話で、

だから僕、小学校で祭を引退かなと思ってました。

 

でも実際、その後も追記されたりしなかったし、中2まで曳いてたので、

ぱっと見、何も影響ない様にも見えます。

 

ですが、この事件をきっかけに、町での人間関係がより一層、気まずくはなりました。

 

地方の人間関係って大体どこでもそうだと思いますが、

庄屋/名主みたいな奴がいて、そいつが一帯で大きな顔してて、そいつに睨まれたら村八分に近い状態になる。

 

小さい時はその辺よく分ってなかったんですが、

大きくなるにつれて岸和田の現実が少しずつ見えていきましたね。

 

名誉の為に書いときますが、僕は決して調整をけなしたりはしてませんよ!!

 

あくまでTの悪口を言ったにすぎません。

 

悪口がいいのかは置いといて、

僕は今でも地車や町に対して特別な感情があるのは間違いないです。

 

ただ、まるで町を自分の帝国の様に思ってるTの態度や、自分に気にいらん奴を ‘町の敵’ として粛清しようとするTの姿勢は、あれから20年近くたった今でも悔しいです。

 

うちの町はT個人の所有物ではないんでね!

 

関係ない話ですが、

Tはその後、中学進学後に不良グループに入ろうとしていました。

 

うちの中学では、不良が学校カーストの上位にきます。

 

Tは町内だけでなく、小学校でも王様ぶってて、Tに横暴されてる同級生が何人もいました。

 

小学校で皇帝だったTの日頃の態度や思考回路からすれば、「不良になって皆より偉くなるのは当然やん!」だったんでしょうな。

 

所が、暫くしたら奴は不登校になりました。

 

どうやら不良グループの本流と揉めた様な…

 

町内や小学校では皇帝でいられたTも、所詮は井の中の蛙。

 

上には上がいる中学では通じなかったみたいですな!

 

「ざまあ見ろ!」と思いましたし、

小学校の同級生でそう思ってた子も多かったとか。

 

 

友達の引越し

 

青年団の体質とか、町の番長の睨まれたとかありますけど、

直接の契機になったのは、僕の同級生の1人が僕らの町から引越した事です。

 

「それの何が問題だ!?」と思うかもしれませんが…

 

僕らの学年で僕らの町をひいてた子は、僕を含めて4人います。

 

僕以外の3人の内、2人とは仲が悪かったです。

 

Tさんと、Tさんに近しい子。

 

特に小学校の高学年ぐらいから、僕はTさんとは一定の距離があった子と一緒に曳いていました。

 

その子、仮にHとしますが、H君はサッカーを習っており、

サッカー繋がりで同じ町を曳いてる子達ともある程度なかよくなったので、

僕はそのグループにまじって、小学校の高学年から中2まで曳いてました。

 

所が中3のある時、H君が引越したんです。

 

岸和田市内で、同じ中学校の校区内でしたから、表面上は大した影響はなかったです。

 

が、僕にとっての影響は大でした。

 

だって、H君がいなくなると、僕の周りには仲の悪い同級生しか残らないじゃないですか。

 

「同じグループの下級生に混ればいいんじゃない」って思うでしょうし、僕もそれは考えました。

 

けどね、そこはこう…何ていうか…

微妙な人間関係からして、H君がいなくなったそのグループに、平気に入ってはいけなかったです。

 

この頃にはうちの家自体も町とは微妙な関係になってまして…

 

父親は世話人やってたんですが、

丁度この年から世話人をやめまして。

 

母親は、町の奥様方とは前々からよく揉めておりまして…

 

家と町で何があったのかは知りませんが、

そういう ‘空気’ の中で平然と曳けるかと聞かれれば、

なかなかそんな度胸はないという答になります。

 

中1の時はグループの子達がわざわざ僕の家に誘いにきてくれたのに、

中3ではそれがなかった事も、微妙な距離感を如実に表してるでしょう。

 

直前まで凸しようか迷ってたんですけど、

度胸がなかったというか、第六感的なのが働いたというかで、

結局9月頭の試験曳は曳きませんでした。

 

そこで流れが決定的になって、結局は本祭でも曳かなかったです。

 

元々、青年団に入る積りがなかった僕にとって、これが僕の地車の引退劇となりました。

 

やや電撃的な感じがしますけど…

 

「空気を読む」という観点からはしょうがないでしょうが、

僕としては非常に心残りな引退となってしまいました。

 

予定より1年早く引退になってしまったのは勿論、

周りの子達は中卒まで地車を全うしてるのにと思いましたし、中には中3から曳き初めた子もいますから、

ある種の劣等感というか、恥ずかしい気持ちが強かったです。

 

前に「十月祭礼を曳きたい」って親に相談した話を書きましたが、

結局うやむやになってしまった後悔度合たるや、半端なかったです。

 

何だかんだいって、岸和田育ちの人間として、地車は大好きでしたから!

 

「人生で完全に地車を曳けなくなった訳じゃない」

「もしかしたら何かの拍子に別地区の地車に関わる可能性もあるやん」

て、少なくとも当時は自分自身にいい聞かせてました。

(もしかしたら親からそんな話されたかもしれません)

 

高校とかで助っ人で曳いてる子もいましたし、

言ったらまぜてくれたかもしれませんね。

 

でもそういうのって、何か「まぜて」

といえない雰囲気あるじゃないですか。

 

機会は0ではなかったんですが、

僕の度胸がないのか、雰囲気の問題なのか、

結局は曳けず終いのまま今に至ります。

 

もう地元も離れてしまいましたし、寄合なんかに顔だすのもほぼほぼ不可能かなあと思います。

 

僕自身は今でも地車を曳きたいと思っていますが、

「祭の時だけ参加させてくれ」ていう要求はなかなか通らないんじゃないかなと…

 

 

それでも楽しかった地車祭

 

「終りよければ全てよし」という言葉があります。

 

僕の場合は、終りが悪かったです。

 

ただ、全て悪いかというと全然そんなのないです。

 

何だかんだいって僕の少年時代に楽しい思い出をくれました。

 

地車を曳いてる奴らは、不良気質な奴も多いから、そもそも人種として好きじゃないし、

町にもTはじめ嫌な奴が多かったから人間的にはどうなんかなあとは思っています。

 

ただやはり、僕の青春の数頁を刻んでくれた地車や町自体には、今でも感謝してますし、

僕にとっては特別な存在であるのも間違いないです。

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました