【何をいうかより、誰にいうか】苛めや人間関係で苦しまない

まずはこの動画をご覧を。

 

動画

 

著名人が悩めるゲストに講義する番組です。

 

この動画では、著名な社長が、著名人の高校生の子供に講義してました。

 

この動画で、ある高校生と講師のやりとりで、考えるべきがあり、書きました。

 

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どういうやりとり?

 

お題のやりとりがあったのは、ある高校生からの相談です。

 

動画の35:40ぐらいからです。

 

その生徒、踊り子になりたいらしく、高校を卒業したら渡米するのだそう。

 

ですが

・中学ではSNSで苛められてた

・学級の殆どから苛められてた

・そのせいで転校した

・そっから、人にどう思われるかが恐く、うまく意志疎通できない

だそうです。

 

この相談に、講師は、「そっちは専門じゃない」と枕詞をそえて、

 

・己も吃音

・幼くから吃音をばかにされてた

だそうですが、

 

担任の言葉で変ったそうです。

 

担任がいうには、

「吃音だからどうした!?」と。

 

「吃音だろうが、喋りたければ喋るじゃないか!?」と。

 

その講師、幼くから戦略をたてるのが得意で、騎馬戦とかでよく学級を勝たせてたそうです。

 

そういう作戦を同級生に喋ってると、吃音だろうがお構いなしに喋ってる。

 

担任にはそう映ったみたいです。

 

そこで担任はいったそうです。

 

「うまく喋らなくていい。

腹の底で信じてるのを喋れ!」

と。

 

この助言が講師を変えたそうです。

 

未だに講師は吃音が治ってないそうです。

 

ですがとてもマシになったそうです。

 

古い辛さより、伝えたい欲が勝れるのだそう。

 

で、教室が感動に包まれましたとさ。

 

 

誰にいう?

 

腹の底から信ずるのを伝えればいい!

 

意志疎通の基本ではあるでしょう。

 

ですが私は、この台詞に盲目するのは危険と存じています。

 

誰にいうのか?っていうのがとても重要かと。

 

親友、恩師、仲間…

 

味方になってくれるんならぜひ伝えるべきですね。

 

より信頼になるでしょうし。

 

だけど、敵にいうのはだめでしょう。

 

我がを理解してくれない人、

我がを攻撃してくる人…

 

彼ら彼女らは、いったって理解してはくれないでしょうし、

返って攻撃や反論の材料にされるでしょう。

 

この生徒、中学は卒業したので、もう加害者と関わりはなさそうですが、

 

この動画を見た、現在まさに苛められてる子は、

誤っても加害者に、腹の底から「辛いから苛めないでほしい!」なんていっちゃいけないです。

 

もしかしたら腹の底から「苛めないでくれ」といったら、加害者が苛めをやめてくれるかもしれません。

 

ですが、明日、直径十kmの隕石がユカタン半島に落ちて、体長1m以上の哺乳類が絶滅するより低い可能性に賭けなきゃいけないでしょう。

 

そもそも腹の底から信じてるのを伝えて理解してくれるなら、

苛めたりしないでしょ!?

 

何を伝えるのかと、誰に伝えるのかを、順を誤るとヤバくなってしまうっていうのは、あるでしょうね。

 

 

真に重要

 

講師がいうみたいに、腹の底から信ずるのを伝えるのも重要でしょうし、

或はうまく喋るのも重要かもしれません。

 

だけど、こういう講義を聞く度に思うのは、

己が主導で、相手がどうだったとしてもちゃんとした意志疎通できる!

とでもいいたいんですかね!?

 

講義では、はっきりそうはいわれてませんが、

相手や環境とかに言及がないので、

・あなたが成長しさえすれば!

・あなたがちゃんとしさえすれば!

というのを裏で伝えたいのかと疑ってしまいます。

 

でも現実には己ではどうにもならんのはあるのであって、

そこはちゃんといわなきゃいけないでしょ!?

 

この講義でいうんだったら、

・己を理解してくれるなら腹の底から信ずるを伝えよ!

・理解されないならどう伝えたってよくはならないし、返って苛められるかもしれない

そこ迄いわないと、腹の底で信ずるをいったせいで苛められた…ともなりかねません。

 

この生徒がこっから苛められなくなるには、

何をいうか?じゃなくって、

誰にいうか?が真に重要なんじゃないでしょうか!?

 

真に鍛えるべきは、

腹の底で信ずるをいう力、じゃなくって、

其をいうべき相手といっちゃいけない相手を見極める力、じゃないでしょうか!?

 

あなたか腹の底から信ずるのをいえば…っていうのは、美しくも聞こえるんですね。

 

でも、結局は相手がちゃんと聞いてくれるかだよね!って、

美しくないというか、どうしようもないというか…

 

そうした、絵にならん現実こそ、苛めや人間関係では重要だと存じますが、

皆さんはどう思われすか?

 

コメントでお教え賜れれば幸です。

 

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