なぜ、いじめられていることを親に相談しないのか

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前々から、いじめ関連の記事を書いています。

 

自分がいじめられたせいかもしれませんが、

いじめを苦に、例えば自殺してしまった、とかって話はちょくちょく聞く気がします。

(今(2021年2月)は、新型コロナウイルスの話題が主ですが)

 

僕は、中学の時に受けたいじめが1番ひどく、同級生達の面前で殴られるという事態にまで発展しました。

 

でも、中1の1学期の後半には峠は越えてました。

 

勿論、いじめ自体は卒業まで散発的に続きましたが、

中2以後はいじめにあってない子達と同じように過ごせてました。

 

驚異的な僕の回復とは裏腹に、

いじめられるのが長期化し、より悪い方向に進む例はよく聞きます。

 

短期間で回復した僕と、

長期化し、最悪の結末へ向かってしまうその他の事案とでは、

やはり違いがあるんだろうと思い、今日の記事ではそれを分析したく

 

 

親に相談する/しない

 

親にとって、僕は悩みの種だったと思います。

 

というのも、

自分に起こった出来事の内、よかった出来事は意識してまでは親に報告しなかったからです。

(ついつい言った、ていうのまでは勘定してないです)

 

逆に、悪い出来事は意識して報告してました。

 

だから、いじめられた時も、けっこう早い段階から親には相談してたんです。

 

で、親が学校に相談(クレーム約3割を含む)してましたし。

 

更に、部活の先輩にも相談してたし、

習い事で一緒のおじさんおばさん達にも相談してました。

 

困った子どもがあったら上の人に相談する、っていうのが、僕にはけっこう当たり前の感覚としてあります。

 

一方、最悪な結末を迎える例では、

親の把握が遅れる/或いは子供が自殺するまで気づかない

みたいな事例が、思った以上に散見されます。

(それでも ‘散見’ 程度でしょうが)

 

こういう時こそ、僕は積極的に相談すべきだと思うのです。

 

 

いじめる奴は被害者のどこを見るか

 

別に親じゃなくてもいいんです。

 

極端な話、親に虐待されてるのに、親に相談するなんて

何か自分にいい事が返ってくるなんて、考え難いじゃないですか!?

 

「親」っていうのは分りやすい具体例であって、

「先輩」でも「先生」でもいいんです。

 

要は

自分やいじめる側よりも、目上であればいいんです。

 

あくまでも僕の体験を基に書きます。

 

別の地域/別の人間/別の時代

なら今からの話は通用しないかもしれない事を頭に入れて読んで頂きたく。

 

僕もそうでしたし、僕の周りでいじめられてる子もそうでしたけど、

基本、構図としては

「多数が少数をいじめる」

ですよね。

 

てか、基本

多数vs1人

 

1人か5,6人をいじめる

なんて光景、見た事あります?

 

実は僕は、1人が多数をいじめる風景は、テレビでは見た事あるんですよ。

 

NHKスペシャル…だったかな?

 

ロシア軍の…あれは…チェチェン紛争の時のかな…

 

上官とおぼしき人が10人近くの人を1列に並ばせて、1人1人 ‘丁寧に’ しばきあげていくんですよ。

 

「ロシアのおそろしあ」っていう駄洒落が頭の中をよぎりました…

 

もちろん学校にも ‘スクールカースト’ なるものが存在してる事は僕も知ってます。

 

でも

軍隊みたいに上官と部下みたいな関係性がある訳でもなく、

或いは会社での社長と平社員みたいな関係性がある訳でもなく

 

制度として

「多数が1人に負けなければならない決りになっている」

環境でない限り、

「1人が10人をいてこまして喜ぶ」なんて事はできないと思います。

 

一般的な学校では、軍隊とかとは違って、権威とか上下の序列などが決りとして存在してる訳ではありません。

 

ところで、いじめというのも、結局は何らかの力を背景にして行われます。

 

元々は対等な関係なのに、いじめを起こせるだけの力を供給するのは、結局は「数」でしょ。

 

つまり

①いじめる側に複数の ‘同盟国’ がいる

②いじめられる奴が1人もしくはそれに準ずるぐらい少数

③いじめられる奴の背後に強力な人がいない

 

これらの条件が揃うと、いじめはかなり起きやすくなります。

 

そして、人をいじめる奴らってのは、

ぼっち且つそいつの背後に誰もいない

人間を、天性の才能で発掘します。

 

僕自身もそうだから分るんですけど、

やっぱり孤独な奴は雰囲気が出ますよ!!

 

「ああ、こいつ、友達も味方もおらんねやろな!!」

っていう

 

クラスにいじめっ子がいたとして、そいつが誰彼なく攻撃してる訳じゃないですか。

 

一見すると条件が同じなのに、

攻撃される奴とされない奴がいる。

 

その違いがどっから来るのか、っていうのはよくよく分析した方がいいのでは? と。

 

 

ユメソはなぜ急速な復興を遂げれたか

 

しつこいようですが、中学3年間を通して、僕へのいじめが完治した訳ではありませんよ。

 

ただ、1年1学期で最悪を経験した後、同じ学期で一気に回復できたのは、いま考えれば奇跡的とすら書けるかもしれない。

(当時は学校に行くの必死で、そんなこと考えれませんでしたけど)

 

勿論これには複数要因があるでしょうし、

一概に「これ!」と決めつけるべきではないでしょう。

 

ただ、やっぱり大きい理由として

僕の背後には親や先輩やおじさんおばさん達がいたという事です。

 

[いじめる側は被害者のどこを見るか]

で書いた③が僕にはあてはまらなかったんですね。

 

ここが僕にとっては非常に大きかったんじゃないかと思います。

 

先程も書きましたが、

いじめる奴らは、ぼっちの味方なしに非常に敏感です。

 

「何でそこまで第六感が働くんだ!?」って感じ。

 

逆に書けば、

いじめられっ子に人脈の影が見えると、深追いしにくくなります。

 

いじめの場面では、よく

「親には言うなよ!!」とか

「先生に言ったらぶっ殺すからな!!」とかって脅してる映像、あると思うんですけど、

あれ、逆に考えると

親とか先生とかが、いじめられっ子の味方したら自分達がまずい立場になる事が分ってるからこそ出てくる脅しです。

 

詰り、彼ら彼女らは、図らずも自分達の弱点をいじめられっ子に教えているのです。

 

僕は、大した意図があって周りの大人とかに相談した訳ではありません。

 

単に、その時の自分の状況を何とかしたかっただけ。

 

しかし今になって思うのは、

あの当時の僕の行動が、いじめられる側がとるべき行動として、非常に戦略的であるという事。

 

いじめる奴の第六感は、

「ユメソの背後には大人がいる」

という事も敏感に感じとったようです。

 

長々と書いて、少しややこしくなりましたが、

要するに

相談する

味方が増える

ぼっちじゃなくなる

いじめにくくなる

 

です!!

 

 

いじめられてる事を相談できない

 

最悪の結末を迎える子達って、テレビとかで見聞きする限り相談すべき人に相談しない例って、けっこう多いような気がします。

 

困ってる時は救援に頼らないとしょうがないだろうと思うのですが、

それでも何も手を打たない人いるんですね!

 

じぁあユメソがそういう人らの気持ちを全く理解不能かと書くと、そうでもないんですね。

 

僕だって最初1発目を親に言った時はきつかったですよ!

 

「実は自分はいじめられてる」

って認める事がどれだけ大変か。

 

僕自身の体験とかも含めて考えると

いじめられてる事を相談できない心理はだいたい以下3つかと

 

①相談相手を信用できない

②相談相手に迷惑かけたくない

③自分の弱点をさらす恐怖

 

順番ばらばらですが解説していきます。

 

③の「自分の弱点をさらす恐怖」ですけど

 

いじめられてる事を打ち明けるって事は、自分の弱点を公開する事を意味します。

 

弱点が知られれば知られる程、周囲はあなたを攻撃しやすくなります。

 

非常に単純化して考えれば、弱点を公開する事は、敵を増やす事に繋がりかねない訳ですから、

抵抗感を示すのは理の当然と書けます。

 

次、①の

「相談相手を信用できない」

ですか

 

例えば、せっかく相談したのに「お前が弱いだけ」なんて言われたら、

助けてもらう為の行為で助けが得られない訳だから、意味ないですよね。

ただでさえ、自分の弱さを認めるのには勇気がいるのに…

 

いじめられた事を相談できるかどうかは、

相談相手が相談者に対してどれだけ受け入れられるかにかかってきます。

 

もっと書けば、相談先の事をどれだけ信用してるか、でしょうね。

 

行政が運営してる

「何とか教育センター」

みたいな所は、‘社会的な信用’ ってので、有効に機能します。

 

あの人達は、どんな奴が相談に来ようが、好き嫌い関係なく対応しなきゃいけない訳だから、

担当職員がDQNでない限り、相談する事への壁も、低いと思います。

 

問題は

親とか先輩とか、

要は自分に近しい人達ですよね。

案外こういう人達に相談する方が、相談へのハードルは高くなるんじゃないでしょうか。

 

行政の窓口みたいに、相談するだけの淡白な関係では終りません。

 

それ以外にも色んな場面で付き合っていかなきゃいけない人達です。

 

今まで円満にいってたのに急に問題が降ってきた事によって、今までの関係性が一気に崩れる、なんて嫌ですよね。

 

だから、身近な人ほど、打ち明けるのはしんどいと思います。

 

「信頼が重要だ」っていうのは、だからなんですね。

 

・自分の話を聞いてくれる事(寄りそってくれる事)

・今までの人間関係が崩れない事

 

これらを満たさないと身近な人達への相談はできません。

心理的に。

 

最後に②ですが

 

相談された側は相談者への何らかのケアを求められます。

 

無視するという訳にはいかんでしょ!?

 

普通に考えたら、相談されたら相応の負担を負うことになりますわな。

 

それに対する遠慮と書くか配慮と書くか、

まあ悪く書けば怯えとか躊躇なんですけど、

 

元々いじめられるような人は気の小さい人が多いですし、

その引っ込み思案な性格がそういう場面でも出るのは仕方ないのかもしれません。

 

僕は、所謂 ‘スピリチュアル’ というものが嫌いなので、あんまり精神論を語りたくないのですが、

②と③については残念ながら本人の勇気を要求します。

 

もう既にあなたが弱い事はバレてるのに、今更、それも自分の味方になってくれるべき人に隠して何になるのか? って感じですし、

 

勇気だして白状するのは確かにしんどいかもしれませんが、

勇気ださずに今のままほっといてもしんどいのには変わりありませんし、

だったら解決の可能性がある方に賭けた方がよくありません!?

 

問題は①なんですよね。

 

これって、特に家族とか親密圏に属する人達にいえる事なんですけど、

泥縄で発生するもんじゃないじゃないですか!?

‘信用’ って。

 

僕の場合は

よくない事ほど親に報告してましたし、

親もそういう事ほど聞いてくれる

という関係が、僕が小さい時からあったので、その延長線上でいじめられてる事もすんなり言えました。

 

が、日頃それができてないとなると、

かなり致命的だと思った方がいい。

(いじめっ子という奴らは、そういう ‘匂い’ に敏感なので)

 

まずは、身近な人がいじめられてる事実を真摯に受け止めるべき。

 

「うちの子に限ってそんな事は!!!」

って叫びたくなる気持ちをグッとこらえてね。

 

いじめられてるのが発覚してから信頼関係の構築なんかしたって、もう遅いんですが、

僕もこのぐらいしか書けないです。

 

 

ガチで戦争するのは最後の手段

 

学校も

親も

部活の先輩も

僕へのいじめを把握してる状況でしたが、

僕は、極力ことを荒立てないように努めてました。

 

確かに、先生に言ったら怒ってくれたかもしれません。

 

でも僕は、そこまで要求しなかった…

 

別にいじめる奴らを許した訳ではありません。

 

いじめる側の反撃を恐れたからです。

 

「お前、先生に言ったやろ!!!」

ってね。

 

助けてもらった事によって、余計に傷口が広がるかもしれん、と思ったんです。

 

さて、

何かさっきの話と矛盾するような気がしてきました。

 

さっきは

「相談して味方を増やした方がいじめられ難い」

って書いときながら、今度は

「いじめられない為に先生には黙ってもらってた」

って

 

相談する事はいじめ対策としていいのか悪いのか、ぱっと読んだだけでは分らないかもです。

 

中学生の時分は、自分がいじめの被害から楽になるのに必死で、

とにかく有効と思われる手立てを打ちまくってたから、

1こ1この手立てについて深く考えるなんて事、しようという発想なかったんですけどね。

 

でも、今は

ここ、もう少し深掘りする要あり、ですね。

 

さっさと結論を書くと、

「相談とか味方とかは、‘盾’ としては有効だけど ‘剣’ としては不向き」

だよね、という事です。

 

相手にもプライドがありますから、

見下してる相手から反撃されたり、

見下してる相手に公然と味方されたら、

そりゃ我慢できないんですよ。

 

なので、それ、打ち消しにかかろうとするんですね。

 

早い内に孤立化させておけば勝ったも同然じゃないですか!?

 

「お前、チクったやろ!!!」

「今度は絶対に先生に言うなよ!!!」

って釘さして、それでも先生チクり倒せる勇気ある奴いないし。

 

てか、そもそもそんな度胸ある奴いじめの標的にならないでしょうしね。

 

という事で

僕は、奴らが火消にかかってくるのを恐れた

という訳です。

 

逆に

 

意識してた訳ではありませんし、結果論の話になってしまうんですが、

僕の場合、穏便にふるまう事で返って相手側にある種の ‘恐怖’ を与える事ができたかなあと思っています。

 

「親も先生も、お前らが俺にしてる仕打ちを知ってるぞ」

「これ以上、踏みこんでくるなら黙ってへんぞ」

っていう、‘無言の圧力’ ですね。

 

いじめ側としては

僕が何を企んでるか分んない訳ですし、

こっちの出方が分んない以上なかなか手だしし難かったんじゃないかなあと思います。

 

もちろん被害者の立場としては、加害者に責めを負わせる事は何ら間違ってないですよ。

法的には

 

でも、それしようと思ったら、結構な覚悟がいりますよ。

 

向こうも向こうで、不良仲間とか、不良先輩とか背後にいます。

 

大体そういう奴らは、学校とか地域でそれなりに顔がきく奴らです。

(だから平気で人を見下せるんです)

 

そしてそいつらってのは、例えば先生に怒られた程度では「申し訳ございませんでした…」「私が悪うござんした…」とはなりません。

 

「先生に言うな、っつったやん!!!」となります。

 

そして、チクられた事への逆恨みとして、あなたを体育館裏に呼び出すでしょう。

 

その時、奴らが1人で来る事はまずありません。

 

必ずと書いていい程、屈強なダチや先輩の皆々様方を連れてきます。

 

その時あなたは、職員室にいる先生や家にいる親を緊急で体育館裏に召喚できるでしょうか?

 

できませんよね。

 

そして、以前の倍の仕打ちをされ、

「今度言ったら本気で殺すぞ!!!」と脅されます。

 

そうして、あなたから、人に相談し、助けを乞う勇気を奪います。

 

多くの人はここで負けるんですけど、

たまに、より事件を大事にする人いるんですね。

 

学校経由で加害者の親達全員を呼んで抗議を入れるとか、

場合によっては警察/裁判沙汰にする人いるかもしれません。

 

少なくとも法的には不利な事してる訳だから、そこまでやったら ‘勝ち’ はするでしょうね。

 

だけど、そうすると今度あなたは一斉に避けられる事になるかもしれません。

 

「あんな奴には関わんな」ってなるからです。

 

負け裁判を起こされたいじめっ子側としては、これ以上あなたに関わりたくないのは分ります。

 

でもね、そういう奴らってね、関係ない奴も巻き込んで

「お前も、お前も、全員、今日からあいつに関わんなよ」

って圧力かけるんです。

 

或いは

「あいつに関わったらあんな目に逢う/こんな事になる」

っていうのを、あることないこと吹聴されます。

 

こうしてあなたは、噂を広められ、そのコミュニティに居辛くなります。

 

いじめっ子たちがそこまでしなくても

行動を起こせば当然コミュニティの中では目立ってしまいます。

 

コミュニティっていうのは ‘噂の肴’ を求める人達で溢れ返っています。

 

いじめる側が何もしなくても

そういう奴らの噂に耐えるのって、結構きついですよ。

 

それがいじめ側への追い風になる事もあり得ますしね。

 

だから

本気でいじめと戦うなら、

正義かどうかはともかく、

自分もそれなりに理不尽を被るでしょう。

 

逆に書くんなら、

戦争しようがしよまいが、結局は死んだも同然なら、

本気で戦争すべきでしょう。

 

いじけたまま最悪な結果を迎える例が多い気がしますが、

 

完全敗北の末に遺書でぐちぐち書くぐらいなら、

生きてる内に刑事告訴して裁判して「こいつ、こんな奴です~」ってのを世間に晒せばいいのに、と思いますけどね。

(SNSで証拠ばらまく感覚で)

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